Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

連休北ア遭難に想う事

4/29更新で触れましたが10連休始めに北アルプスで4人が遭難死されました。 元山屋として関連ニュースを見て感じた事を書いてみます。


◆ささやかな筆者山歴
人に誇れる様な山歴ではありませんが簡単に紹介します。

【昭和43年3月奥多摩鷹ノ巣山】
高校時代山岳部の友人と丹沢縦走や沢登りしたのが登山を始めたキッカケです。 やがて週末夜行日帰りを経て、連休に夜行、小屋1泊で金峯山や八ヶ岳に出掛けました。

【昭和42年3月中央本線時刻表】
山行に新宿発23:45のを良く利用しました、バイトで山装備を買い揃え、高校卒業後数年岩登りに凝りました、八ヶ岳連峰稲子岳南壁でトレーニング合宿をした事があります。 しかしリーダーN君が青学大山岳部夏合宿偵察で槍ヶ岳北鎌尾根から滑落、松本で1年半入院し一生杖が必要になったのを契機に、ふっつりと止めました。

【峡谷の秋】
冬山・春山は追加装備と技術習得が必要、誘ってくれる山仲間も居ず経験してません。 就職後はワンゲルに所属し、夏合宿で北ア・南ア・飯豊等の縦走を経験しました。 諏訪転居後は当地で知り会った山仲間と、グンと近くなった山行を楽しみました。


◆一夜に4人が遭難死
このニュースを聞いて最初に想ったのは『天狗の時期』ではあるまいか?です。 一荒れで冬山に戻るGW、素人の訳ありません、夏山から入り雪山訓練や経験をそれなりに積んだハズです。 あるレベルに達すると全能になったと勘違いし易い落し穴です。 山に過信は禁物、ベテランさえ少し気を抜くと遭難するほど自然は想定外の宝庫です。

【中山平対向ホームより】
冬季閉鎖道路が開通しアクセス短縮、主要山小屋営業開始の10連休は、現役世代山屋にとって滅多にないチャンスです。 後ろに余裕が山行計画の基本、連休初日の北ア入山者は数千人に達し、その8割以上が以下いずれかの選択をしたと思います。
撤退:計画を中止し引き返す。(予備日や代替計画がなければコレしかない)
停滞:予備日を使って天候回復を待ち現在地に留まる。
尺取り:行程を短縮し林道終点や次小屋など安全地点まで進み様子見する。
[註]『尺取り』は仲間内用語で一般的でないかもしれません。

【笠松信号所スイッチバック】
計画通り入山した人も数百人は居たでしょう。 でもそのほとんどは経験も装備も十分、小屋を当てにしない雪中露営組、悪天候も想定内、予定地到達できなくても安全な場所にテントを張り轟々たる風の音聞きながらシュラフにくるまり眠りに落ちたでしょう。


また、こりゃヤバイと荒天装備ツエルト(簡易テント)で一夜を明かした人、雪洞掘って眠ってはダメだと自分の判断の甘さを呪いながらまんじりともせず夜を過ごした人も数十人居たと思います。 そして4人は亡くなりました、個別事例を見て行きましょう。

【朝日新聞デジタル版より】
この記事書いた記者山の素人です、原因は備えの不十分さで悪天候ではありません、詰る処計画・装備の判断ミスです。 この遭難者は単独行小屋泊り、小屋到達前提計画だったと思われます。 雪山を歩く装備をしても、命を守る装備、「ツエルト」「シュラフ」「コンロ」と、非常時対応技術がなければ非常食があっても役立ちません。

【同上】
2例目、3例目も単独行です、同行者が居れば救助要請が入るからです。 従って稜線からの滑落死でもありません、通信手段持ちながら連絡しなかったのは、疲労と体温低下で意識混濁しそのまま眠り込んだのでしょう。 失礼ながら単独行できる技術がなかった『天狗の時期』の匂いを感じます、自身の状態把握もできなかったのですから。

【同上】
八方尾根は北ア主系列縦走路への最短入山ルートとして人気コースです。 前出地元紙によると唐松岳(小屋あり)往復計画だった様です、義務化された入山届がそうなってたのでしょう。 これも単独行小屋泊り、亡くなった事から荒天装備なし、1泊2日神風登山を何故この日に強行したのか?、撤退の勇気を持てなかったのか不思議です。


◆山の観光地化と軽装化
遭難者は50-79歳の中高年です、中高年登山ブームは筆者引退後ですが、登山のハードルが下がり健康志向から当然と言えます。 稜線からの眺望を体験し、病み付きになる気持ちは良く解ります。 ヘリ荷上げ普及で基本素泊り、頼めば食事付が逆転したのは昭和50年代です、小屋泊り夏山なら10kg程度の軽装で縦走可能になりました。

【NHK山行番組画像より】
通信手段発達も登山の閾を低くし、同時に自分の身は自分で守る安全意識を下げたと感じます。 ブームを受け、ガイド案内で軽装女性が高山に登り、御来光を拝みパノラマ景観を楽しむ様な山行番組が増えました。 実際ロケはベストの日を選び行われていても、「行けば絶景を楽しめる観光地」の錯覚を生んでる面は否定できません。


山装備や技術についても情報が溢れ、現場で教わり身に付けなくても、何が必要でどう使うか理解できる様になりました。 でもね、理解するのと体で覚えるのは別、失敗して『な~んだそうか、次はこうしよう』で済む事も、山に『次』はないかもしれません。


◆山行計画はベスト・オブ・ベスト
紙媒体しかなかったルートガイドやマップも充実し、山行計画を簡単に作れます。 でも自然が相手、ツアー旅行の様に予定通りに行くとは限りません、悪天候や体調不良に備えエスケープルートや予備日利用のバックアップ計画検討が必須です。

【次第に離れ登る本線と引上線】
ちなみに筆者は雨男、3,000m級山行計画で予定通り行程踏破したのは1/3です。 17-37歳に奥穂・前穂を涸沢経由、槍・穂縦走含め7回計画し4回風雨で撤退してます。 初の北ア高校生の時は悔しかった、涸沢ヒュッテに穂高岳山荘から無線が入り、稜線は強風で本日は縦走不能、停滞か撤退を迫られ予備日と予備費なしで泣く泣く下山しました。 

【ウィキペディア『トムラウシ山遭難事故』より】
10年前北海道大雪山で痛ましい事故がありました、全国募集の山岳ツアー遭難です。 参加者15人中、山歴53年69歳男性を除き全員経験10年前後の中高年登山者です。 登山口旭岳温泉から2泊3日で大雪連峰縦走、森林限界が低い北海道の山と花畑、一通り近場を経験した中高年登山者には魅力的なツアーです。

【同上】
始めて顔を合わせ技術も体力もバラバラな参加者とツアー会社雇われガイド、ツーリズムに乗った統率関係さえ不明確な寄せ集めパーティに根本的な問題があったと思います。 メンバー間信頼関係とリーダー信頼不確立のパーティーは非常時分裂必至です。

【同上】
気象と撤退判断ミス等が事故調査報告書で原因分析されてますが、7/16台風並みの風雨に晒され、パーティがバラバラになった末、低体温症でガイド1人を含む8名が亡くなりました。 山歴53年のベテランは単独自力下山で生還してます。

【山岳ツアー参加者募集広告】
チョッとググると山ほど出てきます、5/10出発なら参加者は全員60代でしょう。 山の技術は確かでも、出発地で撤退判断すれば返金、自分はクビのリスクを負ったガイドと、見ず知らずメンバーに命を預け、この時期このルートに挑む勇気(無謀だと思う)は筆者にはありません。 トムラウシ山遭難事故の教訓が活かされてるとは思えません。


◆コレ一体何を買ってるの?
遭難は山屋の恥を思ってた20代の頃(今でもそう思ってます)、捜索・死体収容ヘリ代が数百万円なんて話を聞きました。 今回遭難でもヘリが出動してます。

【山岳保険CM】
もしやと思って調べたら絶句!、山岳保険ってつまり山岳遭難救助・捜索費用保証保険、『保険加入は登山者のマナー』とは誰に対するマナー?。 遺族?、支払い能力ない場合の救助隊へのマナー?、遭難は病気や地震と異なり判断力と技術で防げます。 山岳遭難保険があるなら特殊詐欺保険があっても不思議じゃない、筆者には理解不能です。


山岳保険に入れば、ヤバくなったらケータイでSOS、ヘリ救助されてもお金払わなくて済むから大丈夫なんて、不届きな安心感を助長してる様に思えてなりません。 だとしたら、そんな方達に申し上げたい『山を甘く見るといつかしっぺ返しを喰いますよ!』


ではまた。

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