その他のブログ記事
その他(ムラゴンブログ全体)-
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ゆく年くる年路面電車編
大晦日の夜はTVを見て過ごしました。 満10年を迎え11年目に入った節目、何か変化をと考え更新時間を変更する事にしました。 ロフトは3階とか俳句は17音とかありましたが、どうせ早くするなら1日最初の1分00:01とし、元日真夜中に更新しました。 年末恒例のNHK『ゆく年くる年』と言う番組があります... 続きをみる
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2025年を振り返る 下半期
今年下半期は6月28日出発の北海道乗り鉄旅で始まりました。 前年5月空路旭川入りして、レンタカーで6日間周遊したのに続き、2年連続の北海道です。 【東京駅高架1番線】 この1年で車の運転が法的に認められても危険で自粛するしかない状態変化がありました。 最近のダイヤ変更で『あずさ』は新宿止りでなく東... 続きをみる
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2025年を振り返る 上半期
拙ブログは『レイアウト製作サブカテゴリー』に参加し、遅々とではありますが延伸線建設を進めて来ました。 昨年2024年は、『このままでは健康寿命内に完成しないの危機感』を持ち、年初から中断してた建設を鋭意再開しました。 【東基台製作】・・・2024.01.29更新記事より ドライブインと神社ユニット... 続きをみる
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ブログ開設満10周年
本日で拙ブログ開設満10年の節目を迎えました。 開設時にこれほど長く継続するとは全く考えてませんでした、開設時に65歳の高齢者だったからです。 すでに後期高齢者になりました。 継続できたのは筆者駄文を読んでくださる読者の皆様のお陰です。 改めて読者の皆様に心より御礼を申し上げます、十年間ありがとう... 続きをみる
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初冬の東北乗り鉄旅❼ 爆弾処理の結末
会津川口駅は自宅から直線距離300km少々です。 しかし国内で最も交通の便が悪い場所で、時間距離は約8時間、春の北海道旅では函館の先まで8時間でした。 停電回復に賭けて乗車列車に腰を据えるか、今来た道を引き返すか即決しなくてはなりません。 判断材料がありました、只見線運休時に会津若松13:30発郡... 続きをみる
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初冬の東北乗り鉄旅❻ 爆弾埋まってた最終日
起床後『只見線運行情報』『磐越西線運行情報』確認すると、磐越西線は平常通り、只見線は会津若松・小出上下始発列車が大雪の為遅延と出てました。 磐越西線は山都までしか乗車経験がないので、会津若松に向かい、只見線運転状況により、只見線乗車か郡山から東北新幹線で早い帰着かの選択にしました。 磐越西線乗車中... 続きをみる
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初冬の東北乗り鉄旅❺ 何とか順調だった四日目
『初冬の東北乗り鉄旅』四日目です、前日強風の影響で1時間遅延発生の五能線乗車が最初です。 青森北部から東北出外れて新潟までの長距離移動です。 出発時に酒田から先はオプションの特急移動に決まました。 新潟に2時間強早着できますし、16:30以降は暗くなるからです。 まずは五能線の遅延がない事を祈りま... 続きをみる
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初冬の東北乗り鉄旅❹ 風雪警報発令の三日目
『初冬の東北乗り鉄旅』三日目です、前夜ホテル帰着後風雪警報が発令された地域への行程をどうするか検討しました。 当初計画は北上線・秋田内陸縦貫鉄道・津軽鉄道の3線乗車でしたが、一番積雪影響を受け易いのは秋田内陸縦貫鉄道と考えました。 優先順位は津軽鉄道ストーブ列車で、未乗車他2線一方をパスして遅延対... 続きをみる
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初冬の東北乗り鉄旅❸ 雨に祟られた二日目 Vol.2
旅二日目の後半です、宮古10:50発の乗車列車は北に向かいました。 【直進するリアス線】 宮古から先のリアス線は線形が一変します。 カーブを減らし可能な限り直進、山があればトンネルで突破の新幹線式敷設法です、建設年代が新しいからできた事です。 トンネルが多くなり、長いトンネル出て減速し駅に停車する... 続きをみる
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初冬の東北乗り鉄旅❷ 雨に祟られた二日目 Vol.1
『初冬の東北旅』二日目です。 これまでにない早い行動開始時間は、北上連泊にして身軽に行動可能にする事と、日が短い時期の明るい時間帯に釜石線・リアス線・八戸線に乗れる唯一の方法だからです。 前夜北上到着時に仕入れた午前中用食糧・飲料(他にお茶1本)です。 ホテル朝食開始は6:30で利用できないからで... 続きをみる
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初冬の東北乗り鉄旅❶ 日程大番狂わせの初日
9月に計画した『初冬の東北乗り鉄旅』に、12月2日出発しました。 11月26日から12月5日出発限定の5日間乗り放題割引切符ですが、津軽鉄道ストーブ列車が12月1日運転開始な事とホテル予約の都合でこの日出発になりました。 【大人の休日倶楽部パス】 茅野から仙台往復より安い価格で5日間フリーパスです... 続きをみる
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終戦前後の鉄道❸ 鉄道省編
今回は終戦前後、戦後国鉄になる前の鉄道省車両の話です。 【本シリーズイメージ画像】 戦時中軍需貨物輸送と兵員輸送を、人手不足・資材不足状況下で客貨車を酷使した鉄道省の車両整備は最悪の状態で、戦災焼失が加わり数も圧倒的に不足してました。 何両喪失して可動車が何両あるかの把握さえ、戦後の混乱で1年も掛... 続きをみる
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終戦前後の鉄道❷ 私鉄編
前回東京空襲で痛め付けられた都電終戦前後を紹介しました、今回は私鉄編です。 【本シリーズイメージ画像】 サイパン島基地から日本全土が空襲可能圏内になり、米軍爆撃は個別軍事目標に通常爆弾を使用する事はあっても、主体は焼夷弾による焦土作戦でした。 大本営発表の嘘に騙される日本国民の目を覚まさせ、厭戦世... 続きをみる
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終戦前後の鉄道❶ 都電編
今年2025年は戦後80年の節目に当たり、戦争の記憶を持つ国民の数は減り続けてます。 戦争体験を風化させてはならないと言う意識の発現でしょうか、終戦記念日前後には多くの戦争体験に係わる特別番組が放送されました。 【本シリーズイメージ画像】 60年前1965年は終戦後20年、国民の半数は戦争体験者で... 続きをみる
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花輪線・山田線・釜石線の話
先日東北地方最北端の大湊線・大畑線・津軽線の話でしたので、今回はその南側の筆者乗車経験がある路線の話です。 近々出発予定『初冬の東北乗り鉄旅』で三陸鉄道リアス線乗車予定ですが、日暮れがこんなに早かったっけ?と心配、17時はもう暗いです。 ★花輪線 花輪線は全線乗り通しもあれば、十和田湖観光で十和田... 続きをみる
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京王電鉄の車両❷ 井の頭線
前回書いた様に渋谷-吉祥寺間の井の頭線は、1934年帝都電鉄路線として開業しました。 戦時大統合の大東急時代を経て戦後に分裂し、小田急グループ時代は代田橋付近に連絡線が存在しましたが、京王帝都電鉄になった後撤去されました。 京王線は馬車軌道に由来する特殊な1372mm軌間採用ですが、井の頭線は標準... 続きをみる
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京王電鉄の車両❶ 京王線
筆者は2004年-2010年の現役最後の6年間を東京へ単身赴任し、調布のアパートから新宿のオフィスへ京王線で通いました。 子供の頃、5000系特急に乗り鉄に行った経験もある路線です。 今回は京王線のの車両たちの紹介です。 【京王5000系(初代)】 1963年に登場した5000系は特急に運用され、... 続きをみる
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大湊・大畑・津軽線の話
筆者若い頃の旅は『知らない土地を見たい』の一心で、お金の掛かる『撮り鉄』はできず、と言って行った場所を塗り潰す『乗り鉄』でもなく、あえて言うならば『旅鉄』でした。 知らない土地は見たいけれど、盲腸路線往復は時間の無駄と、その先に目的がなければパスが普通で、東北地方では龍泉洞へ行く岩泉線くらいしか足... 続きをみる
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四国の私鉄と車両 高松琴平電鉄
高松琴平電鉄は、宇高連絡船開業3年後1913年に瓦町-志度間、現在の志度線開業に始まり、その後市内線(戦災廃止)で瓦町-高松駅前を結び、直通運転を開始しました。 瓦町-琴電琴平間、現在の琴平線は高速鉄道規格で建設され、1927年開業しました。 高松電気軌道が四国八十八ヶ所札所長尾寺参拝客輸送を目的... 続きをみる
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山行とステーション・ビバークの想い出
今回は若い頃の登山の想い出と、山行や北海道貧乏旅で経験したステーション・ビバークの想いで話と雑感です。 ご存じない方の為に用語解説します。 『ビバーク』とは登山用語で、当初計画外の場所で緊急避難的に宿泊する事で、風雨で宿泊予定テント場・山小屋に辿り着けない場合や、長い岩壁登攀途中の安全な場所で、ザ... 続きをみる
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四国の私鉄と車両 その1
60年前四国の国鉄蒸機・DL・DC・宇高連絡船に加え、85年前の古典客車に係わる古い話を紹介してきました。 今回は四国の私鉄と車両の話です。 最初は南国土佐から土佐電鉄です。 当時は高知市内及び高知-伊野町・南国市(御免)を結ぶ軌道線と、御免-安芸間を結ぶ鉄道線を運行してました。 現在は鉄道線は廃... 続きをみる
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四国の国鉄 新線建設編
四国シリーズが続きます、今回は1966年時点の新線建設がテーマです。 2022年、2023年に訪問した予土線については、これまで何度か記事公開してます。 ◆中村線と予土線に想う事・・・2025.04.23更新 四国電力OBの友人が居ます、電力会社最重要ミッションは『安定供給』で、60年前山奥の寒村... 続きをみる
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四国の国鉄と車両 宇高連絡船編
シリーズ5回目は、四国と本州を結ぶ宇高連絡船の話です。 1910年(明治43年)宇野線が開業し、それまで岡山港-高松港、及び尾道港-多度津港連絡船で担ってた本四連絡を統合し、宇高連絡船運航が始まりました。 開業時は旅客輸送だけでしたが、1921年に貨車積載艀(はしけ)曳航で貨車輸送を開始しました。... 続きをみる
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四国の国鉄と車両 1940年古典客車撮り鉄旅編
1940年(昭和15年)は今から85年前、筆者が生まれる10年前の話です。 と言ってもこの記事が書かれた1966年からは四半世紀前、壮年期に入った著者が昔の思い出として書いた記事です。 記事タイトル『四国受難記』に対して『汽車を訪ねて』とルビがふってあります。 戦前の鉄道ファンの四国撮り鉄旅顛末記... 続きをみる
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四国の国鉄と車両 DC編
シリーズ3回目は『四国先行完全無煙化計画』で大量増備されえたDCの話です。 【前回記事より】 四国支社発足1959年(昭和34年)の無鉛化率45.6%で在籍DC99両でした。 6年後1965年には303両で3倍増、一方客車は338両から235両と103両減ってます。 ザッと20本の蒸機牽引列車がD... 続きをみる
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四国の国鉄と車両 DL編
前回四国に72両残ってた蒸機の話をしました、実は72両全てが3年で消える運命で、今回はその経緯と四国のDLの話です。 国鉄は本線用DLとしてDD50・DF50を開発・配備しましたが、大型蒸機置替えには力不足で、DD51登場を待つしかありませんでした。 DD51大量増備で無煙化早期実現が可能でしたが... 続きをみる
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四国の国鉄と車両 蒸機編
始めて四国に足を踏み入れたのは20年前、若い頃は均一周遊券が山陰より高価で循環路線がなく、夜行列車ホテルが使えず敬遠してました。 2022年にJR+レンタカーで、2023年にドライブ旅行で山陰+四国を、それぞれ10日間旅し、旅行記を公開してます。 今回は60年前1965年の四国が置かれてた状況と車... 続きをみる
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八幡製鉄所専用鉄道の話②
前回八幡製鉄所専用鉄道の路線・蒸機・無火機関車・DLを紹介しました。 今回は電機とその他の車両ですが、その前に。 まず最後に残った蒸機9両を紹介しましたが、1953年末に138両も在籍した蒸気が12年間でゼロになった経過を、廃車記録と数葉の写真から見ていきます。 撮影日不明ですが1950年前後でし... 続きをみる
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八幡製鉄所専用鉄道の話①
年始に釜石製鉄所専用線の話を紹介しました。 陸中大橋からの鉱石運搬専用線と構内線・釜石駅・釜石港連絡線のナロー私鉄線で、8両の蒸機と数量のDL、新旧鉱石運搬車多数と、旅客輸送時代の車輛等を含め700両余が在籍してました。 1901年(明治34年)釜石の次に操業開始した北九州の製鉄所には、釜石を上回... 続きをみる
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東急田園都市線延伸開業前夜
多摩田園都市構想は東急が中心となって1955年頃に打ち出した構想で、都心の南西17-35km圏の川崎市・横浜市西郊多摩丘陵に、人口40万人のベッドタウンを建設する計画でした。 戦前に田園調布で鉄道を核にした地域開発の実績があり、それを大規模にした物です。 武蔵溝ノ口-長津田間に鉄道敷設し、東横線/... 続きをみる
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国鉄貨物用大型電機の系譜⑤EF16/EF18
奥羽本線福島-米沢間板谷峠越えは、上下共に最大40‰勾配が続く難所で、開業以来4110型が主役を務めましたが、輸送力のネックになってました。 最後の新製蒸機E10型が1948年に運用開始されましたが、翌1949年福島-米沢間直流電化でEF15に取って代わられ、職場を失いました。 鉄道... 続きをみる
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国鉄貨物用大型電機の系譜④EF15
シリーズ4回目は、子供の頃に国鉄貨物用電機と言えばコレと思ってたEF15です。 EF15は戦後生まれの電機です。 EF13の様な戦時設計の手抜きはありませんが、特殊で高度な技術を使わず、比較的簡単に作れる量産性重視設計は、EF13から引き継いでます。 同時期に製造された旅客用電機EF58と多くの部... 続きをみる
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国鉄貨物用大型電機の系譜③EF13
第1回EF10/EF11、第2回EF12/EF14と続けたシリーズ第3回、今回はEF13です。 新宿から山行で良く利用した長野行夜行鈍行列車牽引機としてお世話になりました。 筆者が見慣れてたのは1960年代後半以降の姿ですが、誕生時は全く異なる姿でした。 EF13は、国内技術の粋を集めて製造された... 続きをみる
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長野電鉄OSカーの話
筆者の住む長野県には地方私鉄が3社あります、北信の長野電鉄、中信の松本電鉄、東信の上田丸子電鉄です。 3社共に収益の柱が鉄道事業以外であり、使用車両が大手私鉄譲渡車だけなのは、他の地方私鉄と同じです。 【長野電鉄路線図】 3社の中で唯一有料特急列車を走らせる鉄道があります、長野電鉄です。 長野と志... 続きをみる
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暑くなかった時代の蒸機夏の景
ここ数日秋めきましたが敬老の日連休明けはまた暑さがぶり返す予報です。 この夏熱中症で三桁の方が亡くなったそうで、42年前は『熱中症』『猛暑日』(2007年~)は言葉さえ存在しませんでした。 諏訪移住前は、1DK公団住宅でエアコンなしで暮らし、寝苦しい夜はあった物の、日射病や熱射病で死亡のニュースを... 続きをみる
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東北乗り鉄旅計画を終えて
先週11月末から8日間限定の5日間乗り放題パスで『初冬の東北乗り鉄旅』計画立案が終わりました、乗りたい路線全てをクリアし、津軽鉄道ストーブ列車も組み込め満足してます。 毎月大人の休日倶楽部からDMが届き、計画に誤りがないかチェックしました。 前回は『東日本・北海道』利用、今回は『東北』利用です。 ... 続きをみる
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動橋(いぶりはし)駅の盛衰
北陸新幹線敦賀延伸開業時に第三セクター化されたIRいしかわ鉄道に、動橋(いぶりはし)駅があります、難読駅の一つで、数奇な運命を辿ってます。 1897年(明治30年)に官設鉄道北陸線駅として開業し、全通後北陸本線の駅になりました。 加賀温泉郷の玄関口に当たり、共に温泉旅館経営者達により1911年(明... 続きをみる
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国鉄貨物用大型電機の系譜②EF12/EF14
1942年の関門トンネル電化開業に伴い、EF10型17両が下関-門司間旅客輸送と、幡生-門司操車場間貨物輸送(重連)で運用される事になり、大型貨物用電機が不足しました。 EF10型増備が必要になり、1941年-1944年に17両製造されたのがEF12型で、関門トンネル輸送に充当された17両の穴を埋... 続きをみる
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国鉄貨物用大型電機の系譜①EF10/EF11
鉄道省(旧国鉄)は1928年(昭和3年)輸入電機使用実績を元に、初の国産大型電機EF52を開発運用開始し、好成績だった事から東海道本線優等列車牽引用に、1932年改良型EF53を開発し運用開始しました。 一方、本線貨物列車用大型機の導入は遅れてました。 そこでEF53基本設計を適用した貨物機として... 続きをみる
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初冬の東北乗り鉄旅計画 その2
前回の続きで東北乗り鉄旅の行程計画です。 【前回より転載】 最終日只見線行程が決まったので、自動的に二つの事が決まりました。 ❶四日目行程で羽越本線乗車し新潟泊。 ❷東北南部磐越東線を初日行程に組み込む。 決まったと言っても四日目出発地は未定ですし、初日磐越東線をどの方向で乗車するかも、初日宿泊地... 続きをみる
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初冬の東北乗り鉄旅計画 その1
6月28日~7月2日の5日間、大人の休日俱楽部パス利用で北海道乗り鉄旅を楽しみました。 その計画立案と旅行記はブログで紹介しました。 このパスは旅行客閑散期に年3回設定されてます。 前回利用は新緑と夏休みの谷間梅雨時で、出発日はわずか8日間限定でした。 第2回は紅葉シーズンと年末の谷間、観光の目玉... 続きをみる
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1965年秋の鉄道風景 東北・北海道編
シリーズ最終回は東北・北海道編です。 と言っても北海道話題は1件だけで、話題提供者が少なかった様です。 もっとも、都内在住者の大宮/八王子/横浜取材は比較的容易ですが、札幌在住者の旭川取材は結構骨、ましてや網走/釧路は遠いですからね。 D60職場だった磐越東線で9600が不定期列車本務機を務めたニ... 続きをみる
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1965年秋の鉄道風景 関東編
1965年秋の鉄道風景、今回は関東編、最初は東京駅です。 クモユニ74は東海道本線東京方で153系/111系併結用0番台、名古屋地区で153系/80系併結用100番台、高崎線で165系/115系併結用200番台を合わせ、31両が1962年-1965年に製造されましたが、手小荷物業務廃止により198... 続きをみる
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1965年秋の鉄道風景 北陸・信越・東海編
前回に続き北陸・信越・東海編です。 最初は北陸からです。 DD15はDD13ベースに、脱着可能なラッセル装置を装備した除雪機関車で、単機運用可能で方向転換不要、ラッセル装置を外せば入換機運用可能な形式として50両製造されました。 しかし器用貧乏のアイディア倒れで、ラッセル装置装着時軸重15.5tで... 続きをみる
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1965年秋の鉄道風景 中京編
1965面秋の鉄道風景、今回は中京編です。 2442レは姫路6:25発、鳥羽12:11着の山陽本線/東海道本線/草津線/関西本線/紀勢本線/参宮線経由の快速列車で、兵庫/大阪/京都/滋賀4府県の伊勢神宮参拝客輸送が目的の列車でした。 運転経路半分以上が非電化区間で、都会を走り抜ける蒸機列車として有... 続きをみる
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1965年秋の鉄道風景 関西編
前回の続きで関西編です。 1965年ブルーリボン賞に0系新幹線が選出され、新大阪駅で開催された表彰式の様子です。 ブルーリボン賞は映画の方が有名で、鉄道友の会の方がマイナーです。 エントリー数車に会員投票を参考に事務局が決める賞で、前年デビュー新幹線受賞は妥当でした。 ただし会員投票結果を『参考に... 続きをみる
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1965年秋の鉄道風景 九州・中国・四国編
この記事公開日が眼科検診です。 少しでも良く見える様になればと5月に受けた手術が、期待に反し視力低下したままで車の運転できない状態が続いてます。 CLK講座もバラスト撒布直前で中断したままです、視力回復するまでどうにもなりません。 長野県内も連日猛暑日が続いてます、標高800mの諏訪は33-34度... 続きをみる
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昭和40年代後半の時代観 その2
前回の続編です、プレゼンは絵巻物なので、平穏な40年代初頭から激動の後半への時間経過や、鉄道施設が写らないスライド配置に留意して作成しました。 青春時代を過ごした懐かしい昭和40年代ですが、あの頃は良かったと思いませんし、帰りたいとは絶対思いません。 ブログ記事は雑文のシナリオに合わせ、後半はスラ... 続きをみる
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昭和40年代後半の時代観 その1
第2の趣味俳句の俳号を『ロフト』にしてます。 2019年夏に処女作を夏井いつきさんの『俳句王国が行く』に投句した際『露太本線』を使って佳作入選、以降も連続佳作入選した過程で『ロフト』と改め、結社入会し本格的に始めてからも使い続けてます。 結社内で人との繋がりが増えるにつれ、風変わりな俳号の由来を訊... 続きをみる
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国鉄貨物輸送近代化の話
北海道乗り鉄旅連載が終了しましたので、通常更新に戻ります。 旅の連載開始前に首都圏鉄道網発展史と東京外環状線武蔵野線建設の経緯について解説しました。 ◆首都圏鉄道網の変遷・・・6/29更新 ◆国鉄の選択・・・7/2更新 【ウィキペディアより】 その中で貨物輸送近代化施策を盛り込んだ武蔵野操車場建設... 続きをみる
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北海道乗り鉄旅 最終日
前夜札幌で夕食後ホテルで最終日行程再検討を行いました。 気になる点の確認で、岩見沢から室蘭本線乗車し終着苫小牧特急乗継時間が5分しかない事です。 特急から特急/普通の接続は5-10分遅延は待ちますが、普通から特急の接続は待たないからです。 苫小牧駅乗換必要時間不明で、乗り遅れた場合、当日中帰着でき... 続きをみる
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北海道乗り鉄旅 四日目
この日の行程は、釧路から花咲線を往復し札幌移動、長くなっても1回にまとめます。 朝8時過ぎに釧路駅へ、2011年塘路行『ノロッコ』号乗車以来です。 花咲線と釧網本線普通列車が8時台に発車しますが、双方に列車名が付いてます、乗車列車は『地球探索鉄道』号と大層な命名です。 4番線に上ると入線してました... 続きをみる
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北海道乗り鉄旅 三日目 午後編
石北本線乗車列車は特別快速『大雪』、石北本線は特急本数が少なく接続が悪くて使えず、なら優等列車でない方が面白いと考えました。 石北本線が今回旅計画の隘路でした。 『大雪』は3両編成で入線してました。 ただの快速でなく『特別』で『大雪』と列車名付なのは、停車駅が少ないからです。 特急『オホーツク』は... 続きをみる
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北海道乗り鉄旅 三日目 午前編
乗り鉄旅三日目は、午前旭川から富良野線・根室本線・函館本線三角形を時計回りで旭川に戻り、午後石北本線・釧網本線乗り継いで釧路まで13時間の旅です。 この旅行記は1日分が通常の倍以上で、行程が長いと更に長くなるので2回に分けます。 西日本が梅雨明けし晴天猛暑だと言うのに、北海道は曇天が続き、この日は... 続きをみる
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宗谷本線と稚内駅の話
稚内駅で遅延してた折り返し到着列車を待つ間、駅舎ホールに稚内市立図書館のパネル展示があり、興味深い内容だったので追加調査を含め紹介します。 【現在の稚内駅】 ◆宗谷本線と稚内駅の歴史 宗谷本線は戦前日本領だった南樺太への物資・人員輸送路確保を主目的に、1893年(明治31年)旭川-永山間開業に始ま... 続きをみる
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北海道乗り鉄旅 初日
大人の休日倶楽部フリーパス利用旅計画をブログで紹介しましたが、6月28日-7月2日の日程で出掛けてきました。 その様子を写真中心に紹介します。 6月28日(土)茅野7:39発『あずさ』で東京へ、8分前発車甲府行普通列車は2駅先の冨士見で特急通過待ちします。 定時に到着、週末なので茅野からの乗車客は... 続きをみる
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昭和に消えた路面電車たち
前回路面電車(軌道線)の話をしました、その流れで昭和時代に消えた路面電車の話です。 大阪市電・東京都電の大部分が昭和時代に消えましたが、地方でも多く消えてます。 廃止順紹介法もありますが、西から見ていきます。 今回は廃止軌道線だけで、同時期廃止の鉄道線(ナロー含む)は除外してます。 ◆琴平参宮鉄道... 続きをみる
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路面電車と電気鉄道の違い?
『路面電車』から連想するのは『併用軌道』『ポールまたはビューゲル集電』『単行運転』(連接車を含む)、『電気鉄道』から連想するのは『専用軌道』『パンタ集電』『統括制御多連運転』のキーワードになるのが一般的だと思います。 なお、この記事は北海道乗り鉄旅に出掛けるので予約更新です。 コメント頂戴しても帰... 続きをみる
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北海道乗り鉄旅計画は難産の末に完成 後編
前回旅の2日目旭川泊まで、今回は残りの行程計画です。 3日目、4日目と進めるのが普通ですが、4日目宿泊地を札幌に絞り込み、先に帰りの5日目行程を決めました。 札幌の他に旭川と帯広ホテルも仮押さえしてましたが、乗り鉄稼ぎ不能や早朝発がネックで、具合が悪かったのです。 札幌から普通電車で岩見沢へ戻り、... 続きをみる
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北海道乗り鉄旅計画は難産の末に完成 前編
閑散期限定の超お買い得切符で北海道訪問予定の話を5月末に公開しました。 ◆北海道乗り鉄急ぎ旅計画・・・5月28日更新 有効期間5日で出発日は9日間だけ、通常は行程を決めて宿を押さえて出発日を決めますが、今回は宿を重複予約して出発可能日を絞り込んでの見込み購入でした。 予定数販売で売り切れになるから... 続きをみる
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ダイヤ改正のニューフェースたち
この処60年前1965年10月ダイヤ改正関連記事を続けて投稿してます。 当時筆者は高校1年で、限られた時間と軍資金がない中『何処へ旅しようか』と時刻表で模索してた頃で、列車名にも懐かしさを感じます。 この時登場した列車について雑感を記します。 【過去記事よりっ転載】 このダイヤ改正で、その後路線の... 続きをみる
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1965年ダイヤ改正直前 私鉄編
金曜日毎にCLK講座を更新してきましたが、工作に必要な視力回復が思わしくなく、北海道旅行準備の為に当分お休みします、次回はバラスト撒布の予定です。 数回に渡り1965年10月ダイヤ改正直前の全国の動きを紹介しました。 最後は私鉄と路面電車編です。 【過去記事から転載】 ★私鉄の動き 国鉄が新旧交替... 続きをみる
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1965年ダイヤ改正直前 他の国鉄編
1965年10月ダイヤ改正は、東北本線盛岡電化と鹿児島本線熊本電化に伴う変化、特に大型蒸機の大量余剰と廃車が南北で発生しましたが、他地方でも様々な動きがありました。 【過去記事より転載】 ★在来線の動き 新幹線開業1年を経て旅客輸送実績データが収集されました、東海道在来線昼間特急は廃止され新幹線に... 続きをみる
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1965年ダイヤ改正直前 九州・中国編
私事で恐縮ですが、5月24日に東京で眼科手術を受けました、術後数日見え方が悪くなると言われてましたが、実際は1週間全くメールも読めない状態で、ブログ記事ストックが底を尽き掛けてます。 先日1965年10月ダイヤ改正直前の東北本線の様子を紹介しましたが、同様な事が全国各地でも起きてました。 今回は西... 続きをみる
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1960年代に消えた私鉄 宇佐参宮線の話
1960年代は道路整備が進み自動車交通が大きく発展した時代で、地方私鉄の多くがバス路線に客を奪われ、トラックに貨物輸送を奪われて姿を消しました。 そんな地方私鉄の一つ、九州の片隅で姿を消した大分交通宇佐参宮線を紹介します。 宇佐参宮線は宇佐神宮参拝客輸送と、地域特産品出荷路線として大正5年に開業し... 続きをみる
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北海道乗り鉄急ぎ旅計画
JRのお得な割引切符を昨日購入しました。 『大人の休日倶楽部パス』です。 年3回JRが比較的空いてる時期を選んで発売される割引切符です。 昨年の北海道遠征前に入会しました。 昨年旅行行程往路は旭川便フライトで1週間レンタカー道内周遊、JR利用割引切符には縁がなさそうに見えますが、終盤の旭川から仙台... 続きをみる
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大阪地下鉄3号線の話
首都圏は1964年の東京オリンピック開催と東海道新幹線開業で建設ラッシュのピークを越えましたが、関西圏は1970年万博開催へ向けて、これからピークを迎える時期でした。 都市部への人口集中は関西圏でも発生しており、ラッシュ時混雑緩和が喫緊の課題でした。 大阪市は6路線89kmの都市高速鉄道網を建設中... 続きをみる
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私鉄の国鉄型機械式気動車
前回まで3回に渡り国鉄型機械式気動車の歴史を追ってきました。 国鉄(鉄道省)が気動車開発に期待した小単位・多回数・高速運転は、地方私鉄に於いても全く同じで、運転経費が嵩む蒸機運転合理化策として、地方私鉄各社でも採用する動きが広がりました。 特にキハ39500(41000)が成功を収めるとその動きが... 続きをみる
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国鉄型キハのご先祖様
鉄道発祥以来長らく動力源だった蒸気機関は、低い熱変換効率と高い運転コストを克服する技術開発がないまま捨て去られて50年経過しました。 現在の鉄道事業者が使用する動力源はほぼ100%電気(モーター駆動)と化石燃料(ディーゼル機関駆動)になってます。 【JR北海道DC特急『北斗』】・・・2024年5月... 続きをみる
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中村線と予土線に想う事
若い頃の旅で何故か四国は足を踏み入れませんでした、費用を安く上げるには夜行列車利用が一番でしたが、四国には使える夜行列車がなかったからです。 東京から見ると地の果てに感じた四国最深部でも新線建設が進んでました。 【中村線部分開業発車式 窪川駅】・・・1963.12.18 土讃線終着駅窪川は、とりあ... 続きをみる
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Good bye C51 225
筆者は1965年に高校進学して一人旅が許される様になりました、蒸機全廃の10年前です。 時間的に間に合っても出会う機会がなかった型式が2形式ありました、C51とC59です。 C59は九州と呉線でしか見られませんでしたし、C51は1966年に全廃されました。 残り僅かになったC51は他線区で余剰にな... 続きをみる
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今年は落選 俳句の話
昨年末の1年の振り返りに、NHK全国俳句大会入選についてこんな事を書きました。 『結社では満3年で同人に昇格し、俳句作家として認められた形になってましたが、公的な勲章は何もなかったからです。 今年も応募し昨年同等かそれ以上を狙ってます。 結果通知は1月末、公開可能は3月末です、大口叩いて落選では大... 続きをみる
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60年前春の出来事 後編
前回の続編、今回は関西私鉄の話題からです。 【前号より転載】 近鉄特急網拡大のニュースです。 発車式に花を添える着飾った女性達は多分近鉄社員なのでしょう。 現在なら社外から雇わないと問題化する処です。 由運行開始翌日の吉野駅、終端駅だと解ります。 近鉄特急乗車経験は京都-近鉄奈良間だけですが、西大... 続きをみる
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60年前春の出来事 前編
60年前を知る人は高齢者のみになりました、古い時代の春の話題です。 こんな事があったんだとご覧ください。 【鉄道P誌1965年5月号表紙】 表紙は西武鉄道700系、東村山付近の撮影です。 当時都内から日帰りハイキングコースの定番は、丹沢・奥多摩・奥高尾(陣馬山・景信山)そして西武鉄道で行く正丸峠・... 続きをみる
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さよなら汽車ポッポ再び
1月31日更新の以下記事で、釜石市内で撮影された廃止直前製鉄所鉱石輸送専用線写真と、シーナリーガイドK氏の陸中大橋駅訪問記が繋がった話を紹介しました。 ◆釜石製鉄所専用線の話 釜石製鉄所専用線レポート執筆者は、新聞記事で1965年3月に廃止される事を知り、釜石を訪問してます。 以下がその新聞記事の... 続きをみる
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