Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

機関庫の風景総集編 その1

拙ブログではTMSに掲載されたシナリーガイドK氏訪問記で柘植機関支区、鍛冶屋原駐泊所を数年前に紹介しました。
◆機関車駐泊所の風景・・・2023.04.07更新
今年春には姫新線佐用駐泊所を取り上げ、時刻表解析から毎日2両の蒸機が夜を明かし複線機関庫が必要だった背景を考察しました。 今回は個別事例でなく機関区・機関支区・駐泊所それぞれの機関庫を付帯施設を含めて詳細に解説した連載記事の紹介です。

【奥羽本線 新庄機関区】
表紙には新庄機関区の機関庫写真が使われてます。 1970年代末にこの機関庫を何度も見てます。 奥羽本線は電化後でしたが、陸羽t東西線は非電化で機関庫は健在でした。 その思い出は拙ブログで紹介してます。
◆急行津軽の思い出
新庄の生産工場で自分が設計した新製品の工場試作立ち合いで、通算5-6回行ってます。 残業してから上野駅、津軽B寝台で新庄朝5時過ぎ着、機関庫裏踏切渡って工場守衛所で仮眠後終日仕事、帰りもB寝台で上野から出社、今ならブラック企業ですが当時は当然でした。 

記事作成時の電化前新庄機関区には3形式22両の蒸機が在籍してました。 奥羽本線貨客用D51、陸羽t東西線貨客用C58、構内入換用8620です。 機関区所在地線区の線路規格や勾配で使用機関車が決まり、入換機含め3形式が一般的でした。 扇形庫に7-8形式が並ぶ姿は非現実的でした。 年寄の思い出話は兎も角、K氏は連載の最初に次の様に書かれてます。

機関庫が単独で存在する事はありません、一番規模の小さい駐泊所でも水タンクと乗務員詰所は必ずあります。 給炭台を備えた駐泊所は多く、転車台を備えた駐泊所もありました。 機関区になれば様々な事務所・詰所・倉庫が10棟以上建ち並び、例えば扇形庫・転車台・給水塔・給炭台だけ並べても、煤と油にまみれた機関区の雰囲気は出ないのです。

【有度山麓鉄道機関庫風景】
TMS1966年2月号で紹介し4月号表紙になった有度山麓鉄道機関庫は必要最小限の付属施設で機関区の雰囲気を再現した好例です、欲を言えば建屋がもう数棟欲しい処です。


★機関区
機関区の機関庫についてK氏は以下の様に書かれてます。

『機関区らしく見えるかどうかは構内建屋の数で決まる』は思い切った断言ですが、機関区が置かれた拠点駅には保線区や車掌区など鉄道関連施設が併設される事が多く、機関区を中心とした鉄道基地の趣がありました。


蒸機時代の機関区は姫新線事例で解説した給炭航続距離により、おおむね60-80km毎に置かれてました。 冒頭の奥羽本線では、米沢・山形・新庄・横手・秋田・東能代・大館・弘前に設置されており、登場したばかりの82系DC特急停車駅と完全に重なってました。

【関西本線 亀山機関区】
比較的小型矩形庫機関区例として最初に亀山が登場したのは少々面喰いました。 亜幹線とは言え関西本線名古屋-奈良間唯一、紀勢本線起点の大機関区で当然大型扇形庫だと思ってたからです。 3線で長く庫内に6両収容できる非常に背の高い大型機関庫です。


左下には嵩上げしてない低いホーム端とスポートの腕、夜間給水作業時の照明が写り込んでます。 機関庫左には建屋群と共に工作室で使う工作機械電源用三相200V変電施設を乗せた4本の柱が見えてます。 これら全て機関庫のある駅の風景の構成要素になってます。

C51生き残りは最晩年を亀山で過ごしました。 扇形庫でない事に疑念を持ち1965年在籍機を調べると5形式23両でした、すでに半数近くがDF50で無煙化されてましたが、決して小機関区ではありません。 居住地に近い上諏訪に機関区があり扇形庫がかつてありました。

幹線で甲府/松本にそれぞれ70kmの位置に設置されてたので、D51とC12が計22両在籍してました。 筆者感覚では亀山の方が大機関区なのですが、扇形庫は在籍蒸機数と必ずしも一致してなかった様です。

北陸本線糸魚川機関区です。 物流の動脈日本海縦貫線主要駅の一つですが、北陸本線は糸魚川両側に富山と直江津に大機関区があり中継基地程度の位置付けで、分岐する大糸線の為に機関区が置かれてた様です。 写真の大糸線で運用されたC56が在籍してました。

機関区在籍機は3形式15両に過ぎません。 どの様な形で蒸機リレーが行われてたか解りませんが、新津-直江津-富山-金沢の列車もあれば、長岡-糸魚川-高岡とリレーする列車もあったのではないかと思われます。

3線6両収容のレンガ造り機関庫ですが、亀山ほど背が高くありません。 一番奥に北陸本線で運用されたD51が顔を見せてます。

糸魚川の機関庫にこの様なキャプションが付いてますが、亀山と同じく機関区付帯施設や建屋の画像と解説はありません。 ここからは小機関区の実例を細かく見ていきます。

西舞鶴機関区の配置図面です、機関庫は2線式で転車台奥留置線も3本だけです。 それでも建屋は10棟強あり、K氏の『機関庫らしく見えるかどうかは・・・』を裏付けてます。 ローカル線からローカル線分岐駅なので、機関車も小さく小じんまりしてます。

機関区入口方向から順番に見ていきます、C58が顔を出してます。 左端近代的な信号扱所と思える建屋前に救援車が停まってます。 車窓から機関庫を望める駅で旧型客車の救援車を何度か目にしてます、災害時の復旧用資材運搬や作業員休息場所に使われてました。

機関庫に近付いて見ます、屋根は亀山の3線式に比べたら半分強の高さしかありませんが、ガッシリした造りです。

反対側給炭台上からと思われる画像です、特徴ある腰高の9600が憩ってます。 機関庫の奥行が解る画像で2線式ですが4両収納可能です。

在籍機を調べると3形式11両、新庄・亀山・上諏訪の半数です。

この角度から見ると機関庫は長く、縦に2両収容可能なのは確実です。 この写真の上下2段の側面窓、KATO木造機関庫にそっくりです。

【生野駅 KATO木造機関庫側面】
同じ構造で縦方向サイズ感も同じです、KATO木造機関庫は西舞鶴機関区機関庫をプロトタイプとして設計され、長さを約2/3にした様です。


その推定は転車台付近から見た機関庫端面で確信になりました。

【生野駅 KATO木造機関庫端面】
全くまんまです、付属ステッカー添付例まで瓜二つです。 TMS掲載記事を参考にストラクチャ設計するのは別に悪い事ではありません。

【生野駅 KATO構内建物】
そして転車台脇の2階建て機関区事務所は、これまたKATO構内建物セットの1棟と瓜二つです。 当社では職員詰所に使用し、2階を組合事務所が占拠してる想定にしてます。


ではまた。

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