Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

真岡キューロク館 49671

先月の福島遠征の往路、北関東道を真岡で降りてキューロク館へ寄りました。

真岡駅を単行DCが発車する所です。 右側蒸機を摸した3棟の建物は、左から真岡駅舎、静態保存D51上屋、キューロク館です。 SL観光列車を目玉にする真岡/大井川鉄道は当然の企業努力をしているだけと理解しており、特に興味はありませんでした。 今回は近くを通り時間もあるから、チョット覗いてみようかという好奇心による訪問です。


国鉄分割民営化翌年1988年に第三セクター化された真岡鉄道がSL運行を開始したのは1994年、キューロク館開館は2013年ですからつい最近できた施設です。

DCのエンジン音に驚いて線路脇から鳥が一斉に飛び立ちました。 栃木県は人口197万人で保存蒸機9両、真岡に4両集中しながら人口比全国平均の蒸口密度に過ぎないのは、地元無煙化から蒸機全廃の期間が長く愛着や熱意が低かったからと思われます。

真岡鉄道在籍蒸機の紹介看板です。 C11/C12の本線運用は知っていましたが、保存蒸機DBでD51と9600保存を知り、そちらをメインにした訪問です。

D51が真岡に来たのは2年前、静岡市から譲渡とありました。 履歴を調べると1973.3.1岩見沢廃車、1972.3配置は倶知安機関区でした。 一方49671は1976.3.1滝川の最終廃車グループで1972.3配置は北見機関区、井の頭公園静態保存を経て真岡に来ています。 北の大地で活躍した蒸機が関東で人寄せパンダを演じている、少々複雑な気分でした。

49671号機はこの日最後のデモ走行へ向け館内で準備中、青い箱はロッドに差す油受けの様です。 もっとも動力源は圧搾空気なので、ムッと来る熱気はありません。

デモ走行開始、短汽笛を鳴らして歩くほどの速度で静々とお出まし、煙と熱気がないのは残念ですが、ドラフト音は本物です。 40数年振りに動く蒸機を見ました。

機関士席には70代に見える男性、機関助手から叩き上げて機関士になり、30過ぎで蒸気全廃を経験した元国鉄職員、最後の蒸機機関士世代の方ではないかと思います。

指定位置で一旦停止後微速前進、連結作業に移ります。

連結されるのは体験乗車券を購入した乗客がすし詰めのヨ8000、国鉄末期製造の緩急車で活躍期間も短かったので、筆者には馴染みの薄い貨物車掌車です。

動態蒸機(空機?)となると、どうしてもシリンダー・ロッド回りに目が行きます。

油が行き渡ったロッド類、鈍く光る動輪踏面等、生きている蒸機はやはり違います。

走行系の補修再生は行っても発電機までは手が回らなかった様で、ヘッドライト・キャブ内灯用ディーゼル発電機が積んであり、チョッと興醒めでした。

撮影タイムが終るとバックで庫内へ、再び前進で元の位置へゆっくり走行します。

ヨ8000の開放作業中、デモ走行も間もなく終了です。

短汽笛を鳴らし庫内へ戻ると思っていたら、エンディングアトラクションとして圧搾空気放出がありました、観客が耳を塞ぐ甲高い音で急激に膨張したエアが白煙を上げます。 蒸機現役時代を知らない世代の観客に誤解を与える演出は意味不明だと感じました。


キューロク館他の展示車両については、稿を改め明日お送りします。


ではまた。

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