Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

東北の旅 その3

3日目6月11日(日)の行程は秋田から弘前の五能線沿線でした。 嫁さんと秋田・十二湖・鯵ヶ沢3泊の旅行経験ありますが、自然と地域探訪中心で鉄分ゼロ、今回は一人旅なので自分の興味中心の行動計画です。

【寒風山展望台から日本海と秋田平野を望む】
最初の目的地は男鹿半島寒風山展望台です。 訪問経験がなく、出川哲郎の充電バイク旅の出発地なったり、ブラタモリ訪問地になったのをTVで見て行ってみるかとなりました。 好天なら中央に鳥海山を遠望できますが今一つの天候、右から日本海が入り込んでます。

【五能線沿い国道の道路端ポール】
ホテル7時過ぎ発で寒風山着8:30、次の目的地は五能線岩館駅です。 北海道では高い場所から矢印で雪で隠れる道路端表示をしてますが、五能線沿線の国道は高さ約2mの赤白ポールです。 赤白より黒黄ゼブラ塗り分けの方が雪の中では視認し易いと思うのですが。

【岩館駅舎】
岩館駅9:40着、10時過ぎにここで列車交換する下り快速『リゾートしらかみ』と普通列車の有名な岩館鉄橋通過撮影が目的です。 前回の嫁さんとの旅行時は旧道岬巡りで鉄橋下から見上げましたが、今回は山の手を通るバイパスから鉄橋を俯瞰するアングルです。

【岩館鉄橋-1】
10:02に岩館10:04発下り『リゾートしらかみ』がやってきました、鉄橋下から見上げた前回も丁度下り『リゾートしらかみ』が通過し、観光客向けに鉄橋を低速徐行で通過してましたが、今回は徐行もなく淡々と鉄橋通過、絶景スポットなのにサービス低下してませんか。

【岩館鉄橋-2】
岩館10:05発上り普通列車が数分後にやってきました。 雲間から薄日が射す程度で、青空に雲、日本海の水平線がクッキリ見える天候だったら良かったのにと残念でした。 撮影後十二湖を通り過ぎたウェスパ椿山駅にナビ目的地を設定して出発しました。

【ウェスパ椿山駅】
8620の牽く普通列車で6時間近く掛けて五能線全線乗り鉄した50数年前にはなかった駅です。 白神山地世界遺産登録を受けて新設された観光施設の為に作られた様です。 今風のデザイン優先なのでしょうか?、駅舎はなく吹雪いたら体を隠す場所さえありません。


観光客が押し寄せる十二湖等の『白神』は世界遺産ではなく、ブナ原生林外縁緩衝エリアに過ぎません。 世界遺産登録エリアは一般人立入禁止です。 前回の旅では立入禁止境界線からブナ原生林を一望できる二ツ森のピークまで林道終点から2時間山道を登りました。

【無残な保存蒸機-1】
ここに寄ったのは8620静態保存機があるからです。 数年前撮影と思われるストリートビュー画像にはデフ付き8620が写ってました。 保存場所からして東能代または弘前機関区にに所属し、五能線本務機を務めた個体と期待したのですが、このありさまでした。

【無残な保存蒸機-2】
ブルーシートで覆い更にネットで飛ばない様に抑えてあります、何故こんな事をする必要があったのでしょうか?。 丸で見苦し物に蓋をする様な扱いで、履歴看板もありません。

【昼食の日替丼】
ガッカリして道の駅深浦へ、前の旅でもここで昼食を摂りました。 選択メニューも前回と同じ日替丼、値段はしっかり上がってましたが。 イクラと卵焼き以外はその日水揚げされた地魚の海鮮丼です、網を上げて見ないと何が獲れるか解らないから日替わりなのです。

【轟木駅-1】
昼食後来た道を引き返し轟木駅に向かいました、日本海の直ぐ脇にある小さな無人駅です。 正午過ぎの上り普通列車がやって来ました、前回この駅で見た同時間帯上り列車はキハ40系でした。 すでに退役し筆者が形式名も知らないJR気動車になってました。 多分JR化後の電車と同じく、軽くて安くて寿命の短い『使い捨て車両』なのでしょうね。

【轟木駅-2】
列車前方の岬先端が轟木漁港、岬丘の上が集落です、駅を作るスペースがなく、1km離れたこの場所に駅が作られた様です。 乗車客なし降車客2人、1人は前写真に写る女子高生で迎えの車へ、もう一人は乗り鉄さん、何もない駅で2時間以上どう過ごしたしたのでしょう。


前回の旅は鰺ヶ沢宿泊で午前中弘前周辺で時間を潰し三陸方面へ向かう行程でした。 弘前城と寺町、田舎館村の田んぼアートに行ったのですが、嫁さんが後で知り残念がったスポットがありました、当時は注目度が低く、その後急に有名になった鶴の舞橋です。

【鶴の舞橋-1】
国内で一番長い木製橋だそうで400mほどあります、湖の括れた部分の両側を結んでます。 中央の東屋が頭、両側のアーチ木橋が羽ばたく鶴の羽に見える事からの命名の様です。 奥に見えてるのが津軽の故郷の山岩木山です、沢筋に残雪があるのは北国ならではです。 日曜なのに駐車場ガラガラ訪問客まばら、平日は淋しい場所かもと思いました。

【鶴の舞橋-2】
緩いアーチでも上下があり往復すると結構足に来ました。 ウェスパ椿山の保存蒸機が残念だったので、バックアップ弘前弘南電鉄新里駅の8620保存蒸機を見てからホテルへと思いましたが、ナビ目的地が設定できずホテルへ直行し15時にチェックインしました。 ネットに接続しグーグルマップで場所は解りましたがタワーパーキング駐車の車出して出掛けるのは億劫です。 地方私鉄乗車も面白かろうと電車で行く事にしました。

弘南電鉄乗り場は、JR弘前駅を裏に突き抜けた地上レベルにありました。 3駅目3km少々で¥300と割高な運賃は経営が苦しいからなのでしょう。 新里の読みは『ニサト』、どうりで『ニイサト』『ニイザト』ではヒットしなかった訳です、地名読みは難しいです。

【50年振りの再会】
16:55発電車の待つホームへ、何と東急7000系2連が停車してました。 ヌメッとした顔の最初のステンレス車6000系に続き、キリッとしたハンサム顔で1962年に登場・大量配備され、6両編成で渋谷-桜木町間急行運用されてた一番馴染み深く好きな東急車両でした。 オリジナルに追加された赤帯はリンゴをイメージさせるシンボルカラーだと思いました。

【御年60歳】
ホテルに戻ってから調べると、弘南電鉄7011は1963年製造の東急7013と解りました、車齢60年です。 昨年末四国旅行の琴平電鉄でも京王や京急の古い電車に出逢いましたが、鋼鉄製のそれ等は寄る年波がありましたが、ステンレス車は古さを感じさせません。

1両に6ヶ所ほど窓が1/3空けてあり、天井には旋回式扇風機が稼働中でした。 膝に載せて写真撮影しようとしてた回収される切符が飛ばされましたが、『そうだよね、昔はこうだったよね』とホッとしました。

 

3駅目新里が最初の交換施設がある駅です、構内入口ポイントに注目してください。 本線直進の右分岐に見えますが、定位側もわずかに左カーブした変形Y字ポイントで、幅の狭い島式ホームまでの距離を最短化する工夫の様です。 左奥に保存蒸機が見えてます。

デフ付き8620が静態保存されてました、しかし何故私鉄電車駅?の疑問は残ります。 国鉄は自前の梅小路を除き静態保存に冷淡で、地元が欲しいならスクラップせず払い下げたのだと思います。 保存場所も以降の管理も全て自治体任せで関与しなかった様です。


旧弘前機関区跡地が最適場所だったと思いますが提供を受けられず、この地になったのでしょう。 上諏訪のD51静態保存機も上諏訪機関区跡地ではなく、500mほど離れた湖畔公園が保存場所になってます。

デフ付きなので五能線本務機を務めてた個体と思われます。 五能線全線乗り鉄時牽引機8620がデフ付きだったかどうか、車両ナンバー含め記憶の彼方へ去ってますが、可能性としてはウェスパ椿山とこの48640と50数年振りの再会だったのかもしれません。

屋根はありませんが保存状態は平均レベルを超えており、何より装飾過剰でない事が良かったと思います。 保存蒸機維持管理にはお金がかかる様で、保存する自治体の取り組み姿勢で保存状態格差が拡大してます。

帰りの弘前行は15分後に来ました、辺りは田畑の中に住宅が点在する郊外風景です。 到着時に見た変形Y字ポイントの反位側進入制限速度はたった15km/hです。 乗車電車は発車後すぐノッチオフ、ポイント通過後に再びノッチオンして巡行速度へ加速してました。

帰りの電車は7150型、7000系中間車改造で運転台取り付けた形式で東急らしさを喪失してます。 この電車は青帯、赤帯が弘南電鉄のシンボルカラーではなかった様です。


弘前連泊でホテルのグルメマップで探しましたが、居酒屋は山ほどあれど、まともな食事処は少なく和食ダイニングに入ったら何と高級居酒屋でした。 注文用タッチパネル渡され、値段ばかり高い店で大失敗でした。 この日280km走行、累計930kmになりました。


ではまた。

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