Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

鉄の履歴書-25 ダイヤ改正週刊誌懸賞2等

昭和43年10月、ヨンサントウと呼ばれるダイヤ大改正が行われました、筆者が浪人生活の年です。 サンデー毎日が新ダイヤで全国46都道府県(沖縄返還前です)早回り時間を当てる懸賞を実施しました、1等賞金5万円か10万円、条件は以下の通りです。
・国鉄路線利用、各都道府県内所在駅をすべて回る、東京駅発着の最短時間を回答。
・降車を条件とせず、通過列車でもクリアとみなす、乗換時間は最小3分とする。
・東京山手線内は乗換時間を含め、所要時間20分とする。

【鈍行停車中】
時刻表マニアを自任する筆者が、このオイシイ懸賞を見逃す訳がありません。 短い応募期間に十分検討し、絶対これだという回り方を見出しました、時刻表マニアは多いので、数人で山分けできればと皮算用しました。 ポイントは以下の通りでした。
①上下の特急「白鳥」+青函連絡船2案をスタートに据える。
 (急行「日本海」も検証したが、所要時間と接続で「白鳥」に及ばず)
②上下の特急「まつがぜ」+九州全県をユニット化する。
③岡山起点四国4県クリア案を時間帯別に数案作成する。
④山梨・長野・三重・奈良・和歌山クリア法を工夫する。


結果発表号発売日を心待ちにしました、1等は2名、筆者は7-8名と同着の2等でした。 差は9分、ゴールする東北からの急行列車を上野下車で東京まで20分とするか、一つ前の停車駅赤羽下車で東京まで20分とするかの差でした。 山手線支線赤羽から東京が20分?、ルール範囲でもそれはないよねと感じました、賞金は3千円だったと思います。


古い思い出を書き連ねてきた『鉄の履歴書シリーズ』は今回で完結とします。


ではまた。

鉄の履歴書-24 初めての北海道

昭和43年2月北海道を初訪問しました、受験名目の旅でした。 昼行急行で青森へ、夜行青函連絡船で函館へ渡り、初めて憧れのキハ82系特急おおぞらに乗りました、車窓風景が本州と全く異なり、北海道へ来た実感が湧きました。 大沼公園辺りで車内アナウンスがあり食堂車へ、気取って注文した洋朝定食で初体験したオートミルに閉口しました。 初ものづくしの上野から札幌までの旅は所要20時間でした。

【機関庫の裏】
駅前から市電をすすきので乗換え、終点円山公園のユースホステルが宿でした。 同宿道内出身者に「何故雪でも傘を差さない?」と尋ねたら、「傘に雪が積もるじゃないか」と不思議な顔をされました、北海道の雪はパウダースノーで払えば落ちると知りました。


受験日程終了後1日余裕を取り、引退間際の蒸機を見に行きました。 深川でC55、美唄で4110を見ました、写真も撮影しましたがネガの在処が解りません。 半世紀近く前の記憶は当てにならず、砂川で歌志内線E10を見たとばかり思い込んでいました、考証調査の結果、歌志内線のE10在籍事実はなく美唄鉄道4110でした、同じE型タンクロコで思い違いしていた様です。


動機不純の北海道旅行で受験が上手くゆくほど世の中甘くありません、浪人して予備校通いが始まりました。 学生運動記念碑、東大安田講堂事件が起こり翌年は東大入試中止の余波で受験生泣かせの年になりました、ノンポリは格好悪いと思われていた時代です。


ではまた。

風太郎さんの写真展

8月28日(日)午後、新宿ニコンサロンで開催中の写真展『旅のたまゆら 1981-1988』を訪問しました。 開催期間(16日-29日)前半は多忙で動けず、東京での所用に合わせ会期末になりました。

ブログ開設以来、レイアウト製作以外の鉄道関連ブログをのぞく様になり、偶然出逢った風太郎さんブログ [http://futaro1980.blog.fc2.com] に衝撃を受けファンになりました。 80年代ローカル線の一瞬一瞬、モノクロ77点、ご自身プロフィールに『鉄道車両が写っていなくとも、「旅」が写っていれば良しとする』と書かれていますが、筆者は旅と共に「時代の雰囲気」「そこにあった生活」「場の匂い」まで写っていると感じます。

【風太郎のPな日々 2016.1.17『駅の品格』より転載】
会場でお目にかかった風太郎さんにブログ転載許諾を頂戴した、ファンになったキッカケです。 風太郎さんの作品には、鑑賞者個々の『あの時代』と結び付き、何かを呼び覚ます触媒の力がある様です。 筆者より一回りお若く、露太本線設定時代と10年の時差がありますが、高度成長からバブル崩壊へ、全てが急激に変化し得た物の陰で失われた物、昭和時代末の空気感は、ローカル線ともなれば多くの部分で色濃く重なっています。


筆者の1981-1988は鉄分なし、「第二子誕生」「転職移住」「第三子誕生」「自宅新築」の中で目一杯生きた時代、やり直したいとは絶対思わない・・・でも懐かしい、甘酸っぱい想いと静かな感動のタイムスリップ旅でした。 風太郎さん、ありがとうございました。


ではまた。