Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

更新500回に想うこと

今回が当ブログ開設500回更新です。 約2年8ヶ月、ほぼ隔日更新で累計41万アクセスを頂戴し、平均820/回、ロングセラー記事は2千アクセスを越えると思います。 開設当初これほど多くの方に読んでいただけるとは夢にも思わず、ブログ更新が生活の一部になり、生甲斐にもなっています、本当にありがとうございました。

【商人宿】・・・当時1泊2食¥800が相場でした
これまでの節目更新で書きましたがブログ開設目的は二つでした。
①風景重視・運転軽視の風変わりなコンセプトがどこまで受け入れられるのか?
②クラブ所属願望はないが、適度な距離感でレイアウト談議ができるブロ友探し。


最初の目的は半年強で達し、その後の2年間で多くの方からコメントを頂戴し、コメ友もかなりできました。 また片手に余るブロ友と直接コミュニケーションルートを拓く事ができました。 目標が達成されブログ継続モチベーションは少々低下気味です。

【昼下がり】
それでも継続してるのは、目的が次第に変わって来たからです。
①手抜きせずレイアウト製作を着実に進めるエンジン。
②社会と繋がっている実感を持ち続けたい。
③コメ友、ブロ友との関係維持ツール。


しかし一方で隔日更新が負担になりつつあります、人生残り時間が長くない中、生活時間の半分以上をブログに費やして良いのか、ブログ中毒ではないかという自問です。 そこで更新頻度を落す、無理して隔日更新にこだわらない事にしました。

【廃屋跡】・・・実はカメラ台
当然レイアウト完成は遅れ、健康寿命に間に合わない恐れがあります.。 でもブログがなかったらもう完成して生甲斐失ってたかもしれません。 結果も大事だけどプロセスも大事、何より好きな事して生きてる満足感が大事です。 やってみない事にはどうなるか全く予測不能ですが、これからもよろしくお願い致します。


JAM2018アテンドで東京へ出掛けます。 帰宅は8月20日の予定です、頂戴したコメントへの返信が遅れる事がありますので予めお断りします。


ではまた。

建設当時の生野駅夜景

今回は2013年建設当時の生野駅夜景を紹介します。 お察しの通りJAM出展品発送納期に追われ、アップアップで工作時間が取れなかった奥の手です(笑)

1番線に下り急行が到着し、3番線から各停DCが発車する図です、跨線橋奥が真っ暗ですが、夜景ならそれほど不自然さ感じません。

昼景にすると未完成部が丸見えです、跨線橋奥風景製作未着手ですし空も切れてます。 ここまで固定してからレール塗装を知り、約1年4期に別けてバラスト撒布前にレール・道床塗装を行いました。 従来線建設最大のミスで一番苦労した工程でした。

コントールパネル前から3・4番線ホーム越しに駅舎方向を眺めてます。 左手跨線橋側に白熱電球照明の降車専用出口、その右に蛍光灯照明の駅務室と改札口が見えます。

駅舎正面はタクシー乗り場、バス停、待合所など設置前なので閑散としてます。 今にして思えば駅名板照明付けるべきでした、もっともカメラでしか見えない風景ですが。

3・4番線ホーム上り方からの夜景です、上り急行停車中です。

1番線ホーム先端からの3・4番線ホームです、ホーム先端が30cm低くなってます。 1960-70年代の幹線亜幹線急行停車駅では嵩上げホームが当り前でした。 ホーム中央部だけ高くして、都会からの優等列車乗客の便を図った物で、赤字国鉄苦肉の策です。

【JR四国多度津駅】
この話をしたら四国の友人が『今でも残ってますよ』と写真を送ってくれました。 筆者にとってローカル駅の低いホームと主要駅の嵩上げホームは旅情その物でした。

融雪溝のある不等間隔3線駅は北国の象徴です。 現在どうなってるか知りませんが、1967年の大曲駅はこの線形でした。

1番線ホーム下り方先端から北町商店街の眺めです。 一番最初に製作した街並みです、北町通りは踏切へ向け緩やかに下り、生野トンネルへ向け登ってます。 人の手が加えられない限り、自然界に平坦な土地はほとんど存在しないという前提で作ってます。

今まで立っていた1番線ホーム先端部を機関庫側から眺めてます。 土地柄を表す上屋奥の看板も旅情を誘う物でした。 現在は画一化が過度に進み、どこも全国展開大手企業の看板ばかり、「お土地柄」が希薄になり駅名見ないとどこだか解りません・

一番線ホーム上り方も同様な風景、裏手はお決まりの倉庫です。

1番線ホーム先端の給水施設や、4番線と機廻し線間の時計塔など設置前ですが、全国どこにもあった、国鉄のチョッとした駅の雰囲気を出せたと思ってます。


ではまた。

電源組立⑤ケースと基板接続

電源ケース取付部品の配線を基板に半田付けし動作可能にします。 が、その前にもう一つやる事が残っています。

【夕闇迫る生野駅】


2-8.配線電流容量強化
筆者は2CHに2.2Aトリップのポリスイッチを使い、2.7Aトリップ品を推奨してます。 どちらもショート事故発生時に2A以上の電流で回路遮断しなくてはなりません。

使用基板銅箔厚は18μm、パターン幅を計測すると0.5mmでした、計算上はΦ0.1mm銅線相当です。 ハンダメッキ厚を加算してもパターン電流容量はせいぜい0.2Aが限度、1.2Aや2CH分2A以上は動作しても信頼性が得られません。 最悪パターン溶断可能性もあり、筆者が駄目出ししたTOMIXポイント内接点と同じになってしまいます。

そこで電源入力からポリスイッチを介し9V三端子レギュレータの先まで、基板パターンにリード線を沿わせハンダを盛って電源ラインの電流容量強化を行いました。

電源の電流には行きと帰りがあり、復路は基板に接続するが基板内を流さないGND端子を設けました。 使用済みソルダーウィックの廃物利用です。

電流容量強化した電源ラインからパワートランジスタ入力エミッタへジャンパー線を飛ばしました、リード線ハンダ盛りする作業負荷軽減です。 以上で配線電流容量強化が完了し、基板パターン最大電流は数十mAに収まり信頼性を確保できました。


なお写真のジャンパー線は1.2A仕様には使えますが2A仕様には容量不足です、更に太いジャンパー線を使うかパターンにリード線ハンダ盛りで電流容量を強化しください。


3.ケースと基板接続
3-1.入出力回路

電源スイッチ2次側とパイロットランプ計5本の配線をクランプします。

電源スイッチGNDとパイロットランプカソードコモン端子、それにディレクションスイッチに配線されてる電源出力GNDの3本を撚ってGND端子へ半田付けします。 電源+はポリスイッチ脇のリード線端子へ半田付けしました。

ディレクションスイッチの電源出力+配線を、出力回路パワートランジスタコレクタ足に先端を折り曲げ直接半田付けしました。 パワートランジスタからディレクションスイッチ、出力端子間の配線は、前項ジャンパー線と同じく、2A仕様の場合は電流容量2A以上の配線を使用してください。

KATOハイパーDから電源供給し。パイロットランプ緑/赤端子を確認し接続します。

電源スイッチ一次側配線をDCジャックに、ディレクションスイッチ配線を出力ターミナルラグ板に半田付けしてナットを締めて入出力回路配線完了です。 この作例では入力DCジャックから3CH分配までの間のみ電流容量が大きい太い配線を使用してます。


3-2.速度制御回路

常点灯調整ボリューム(右)と速度調整ボリュームの配線3本をクランプします。

常点灯調整ボリュームからの配線をゼロ調整ボリューム足へ、速度調整ボリュームからの配線を電源から33kΩで吊った場所に接続します。

速度調整ボリュームVcompはコンパレータ+端子へ接続します。 ここでムッ、オープンコレクタ出力コンパレータを電源に吊るR10 33kΩ(赤丸)の位置が変です。 TR01 2SC1815ベース接続なのにコレクタ接続になってます、ポカミス発見です。


3-3.PWM周波数切替回路
低周波PWM回路設計製作はまだ先ですが、上ケースに切替スイッチを設置したので配線だけ先に行います。

速度調整回路配線3本と一緒にPWM切替スイッチの3本をクランプし直しました。

PWM切替スイッチコモン端子を左右CH三角波入力に接続します。 ポカミスR10は33kΩをニッパーで切り、新たにコンパレータ出力と電源間に33kΩを実装しました。

PWM切替スイッチ20kHz側導通配線を予備電源三角波出力に接続します。 ポカミスR10の修正を写真にないもう1CHを含め同じ様に行いました。

残り低周波三角波用配線の端末処理(赤矢印)してケースと基板接続完了です。 次工程は動作確認と調整、そして左右CH配線引き出しです。


ではまた。