Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

県道沿いの民家C⑦照明改修・夜景完成

前回の続きです、分解して照明の問題点を改修します。

門灯は壁面少し下向きから、壁面から浮かし斜め下向きに付け替えました。

玄関庇の裏にアルミテープを貼りました、反射で表札と屋号看板が読み易くなる事を期待しています。

中継基板を玄関パーツ入口脇壁に固定して信頼性を確保しました。

厨房コーナー漏光を対策する為、問題になりそうなベース右側表裏を遮光塗装し、前回と同じ方法でベース光透過率が大幅に低下した事を確認しました。 また門灯照明配線穴を組立性改善の為、中継基板固定位置近くに空け直しています。

建物側は厨房窓に遮光材を貼り足し、窓際で見切る様に改修しました。 ベースに接する遮光材及び建物壁に遮光塗装を追加しています。 これで照明改修完了、再組み立てして夜景を確認します。

門灯改修は労多くして何とやら、改善はごくわずかでした。 門灯を更に前に出さないと表札と屋号看板の照明はできない様です。 玄関床がかなり明るくなり、訪問者が表札を読める程度にはなったのでこれで良しとします。

厨房窓左側とコーナー足元の漏光はなくなりました。 厨房入口扉下からのわずかな漏光は、むしろ扉位置を示して良いのではないかと考え、このまま行きます。

1階・2階の色と明るさバランス、2階隣室への漏れ具合共に狙い値をクリアしました。 側面窓の明るさが不足ですが、大屋根取り付けステー陰なので仕方ありません。

裏側便所コーナーからです、2階窓は手前が明るく奥が暗く見えます、厨房は赤味が強い白熱電球の想定です。 コンクリート壁頂部が室内光で光りますが、表面を荒らして鈍くした方がより実感的になりそうです。 なお、壊れ易い便所排気塔は最後に付けます。

裏側反対コーナーから見ると2階窓の明暗が逆転します。 側面窓の明るさは反対側より少し明るい程度です、厨房扉下から漏れる光は通常鑑賞視線では見えません。 民家Cは小物の製作と配置で完成するところまで漕ぎ付けました。


ではまた。

県道沿いの民家C⑥照明組込み完了

四日間の福島遠征から戻りました。 民家Cの製作を続けます。

前面壁の遮光を行いました。 2階中央部屋の窓上下及び1階座敷ガラス戸上と下全域の表裏をフラットブラックで塗りました。

厨房照明配線逃げ切り欠き部からの光が側面窓から見えるので、ならば意図的に漏らして照明する事にしました。 切り欠きを広げ、側面壁に貼る0.12t遮光材の干渉防止のため間仕切り板端面を少しヤスり黒色塗装しました。

漏光していた厨房窓周辺と側面壁に遮光材を接着し、側面窓にカーテンを引きました。

更に厨房照明が1mAでは明る過ぎたので、3kΩに5.6kΩのバイパス抵抗を追加して0.46mAに減らしました。

念の為、出桁屋根廊下部分の裏を遮光塗装しました。

爪を折り取って外した出桁屋根を、前面壁元の位置に接着しました。

傘付スタンドを上に向けて0.3tプラ板を介して前面壁を載せました、やはり爪部すき間から光が漏れており対策が必要です。

裏から黒い瞬着を充填してすき間を埋めました。

ベース裏側の廊下と縁の下部を黒色塗装します、実際に漏光がある訳ではありませんが、念には念を入れての遮光対策です。 効果は?、気休めに過ぎないかもしれません。

しかし、前面壁と同条件で撮影したベースはこれだけ光を通します、廊下と縁の下は黒く写っています。 どの様な経路で漏れるか予測できないのが遮光対策の難しさ、座敷板紙縁の黒色塗装等、あの手この手の対策必要性をご理解いただけるかと思います。

門灯中継基板を製作し配線します、100kΩで0.09mA、民家Bと同仕様です。 遮光対策が完了したので、便所排出気塔を除くパーツを組み立て確認します。

正面は漏光なく各部屋の明るさバランスも良くまとまりました。

裏面厨房窓周辺漏光がなくなり、電流半減のLED明るさもOKです、しかし・・・。

厨房窓左とコーナー足元から光が漏れています。 気密性が低い当時の家でも、これでは扉下からのすき間風がひどそうです。 扉脇からの漏れを含めベースが光っています。

また、門灯も表札と屋号看板が読めず役割を果していません。 LED取り付け方向が適切でなかった様です。 一旦分解して対策を検討します。


ではまた。

保存蒸機を訪ねて②小海線C56

すっかりハマった静態保存蒸機巡り、今回は車で45分圏内の山梨県です。 筆者は小海線C56を見た経験がありますが、静態保存DBでは2両共に荒廃注記がついていました。

小淵沢町(現北杜市)保存機は126号機です。 1975.2.17浜田廃車ですが長野県内で21年間、主に飯山線と小海線で働いた地元ゆかりの蒸機です。 保存場所は小淵沢小学校の校庭、学校の休日を選び宿直の先生に許可をいただいて近くで見せてもらいました。

教材として解説する内容の説明看板です、管理者名が無いのが気になりました、自治体?教育委員会?小学校?解りません。 手入れの悪さに関係するかもしれません。

集煙装置装着機です、華奢なC56だと巨大に見えます。 外装は確かに痛んでいますが、年相応に古びた印象で粗末に扱われた感じはなく、一度も補修塗装をしていない様に見えました。 また全く装飾なし現役時代のままの静態保存蒸機は始めてです。

キャブ回りのプレートや窓ガラスは原状を留めており、機関士席からランボードへ出る扉が開放状態になっています、のぞき込んだキャブ内も荒れた印象はありませんでした。

キャブ反対側です、各所に錆が目立ちますが、黒々と厚塗り補修塗装のボテッとした状態より、この方が現役時代を彷彿とさせてくれます。

ロッド、動輪、バランスウェイト、ランボード現役時代のままです、見た目のインパクトはありませんが、やっぱりオリジナルが筆者は好きです。

保存状態評価としては下の上止まりですが、原状を良く留めているので、手入れして長く保存すべき素材だと思いました。


もう1両の荒廃注記付き149号機の保存場所は高根町(現北杜市)町営たかね荘、ナビでヒットしないので、北杜市高根支所(旧町役場は開庁日)へ向かいました。

窓口応対の職員さんはたかね荘が解らず、観光協会に問い合わせて現在の「八ヶ岳美し森ロッジ」だと解りました。 清里駅は旧高根町と知り、北杜市は小淵沢町・長坂町・高根町・白州町・須玉町・大泉村・武川村・明野村の8町村合併で誕生した中央道ICが3ヶ所もある広大な市である事も解りました。 ようやく辿り着いた「八ヶ岳美し森ロッジ」に蒸機はなく、管理人さんが清里駅前に移設されたと教えてくれました。

清里駅前と解っていたら小淵沢から直行し高根支所に行った頃着いていましたが、悔やんでも仕方ない事です。 やっと清里駅前で149号機とご対面できました。

説明看板の履歴部分です、1973.7.20木曽福島廃車ですが、前年まで30年以上中込機関区に在籍し、小海線の輸送を支え続けた生粋のご当地蒸機です。

清里駅前に移設した経緯が説明されています。 町営施設の片隅でなく、最初から清里駅前がこの蒸機が居るべき場所だったと思います。

一見屋根付き保存に見えますがそうではなく、清里駅アプローチ通路の半分を蒸機が占領して静態保存されています。

外装劣化は小淵沢126号機より進んでいます、この辺りが荒廃注記の原因なのでしょう。

キャブ回りに気になる欠損はありません。

キャブ内も原状を留めており、保存状態評価は小淵沢と同じ下の上です。

説明看板に添えられた現役時代の雄姿です。 筆者は多分林間学校で訪れた1963年夏、飯盛山登山の次途で甲斐大泉から清里への登り勾配に奮戦するC56を遠望しました。

《蒸気機関車スタイルブック1962年版より》
記事作成下調べで発見がありました、蒸気機関車スタイルブック1962年版に清里駅静態保存149号機の1959年、58年前の姿が掲載されていました。 撮影地不明ですが、単機なので小諸、中込、小淵沢のいずれかだと思います。


ではまた。