Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

蒸口密度?と静態保存に想う

ローカル駅舎本体が完成、県道沿いの民家Bが完成してチョイと一服、全国に静態・動態保存されている蒸機の話題です。
《蒸機保存車両》
http://pszi.sakura.ne.jp/cgi/hozon_db/search.cgi?REM=&PREF=&TYPE=SL&KEISIKI=
上記データベースによると全国で560両、解体注記が含まれるので550余両の蒸機が保存されていると知り、人気が高いとは言え、その両数の多さに驚かされました。
《蒸機動態保存》
http://pszi.sakura.ne.jp/cgi/hozon_db/search.cgi?SORT=1&TYPE=SL+%93%AE
無煙化から42年、さすがに静態保存が大多数ですが、動態保存28両、その内15両が本線運用で観光列車を牽いている様です。 筆者にとってカメラ砲列の中を進むSL列車は、現役時代蒸機とは全く別物と、興味がありませんでした。

《SL人吉》・・・背景の機関庫もいいですね
本線運用中8620があると知り「SL人吉」をググったら、懐かしい姿に再会できました、門鉄デフはお土地柄、煙突金線とヘッドマークを無視すれば好ましい姿です、何より過剰装飾がないのが良いですね。 ゴテゴテにされると炭鉱夫が蝶ネクタイ礼服で居心地悪そうにしている様を連想します。 筆者にとって蒸機は、油と埃にまみれた躍動感ある黒い鉄の塊です。 逢いに行きたいけれど熊本は遠過ぎます。


さて本題の蒸口密度、全人口の1割強が暮らす東京都の保存蒸機は6%に当る33両、意外と高い蒸口密度でした。 長野県は人口208万人、人口比標準密度9両ですが、東京都と同じ33両、3.7倍の高密度は最晩年まで多くの蒸機が活躍していたからでしょう。 筆者が住む諏訪盆地3市(諏訪・岡谷・茅野)2町(下諏訪・富士見)1村(原)は人口20万人、人口比標準密度0.87両ですが4.6倍の4両が静態保存される高密度地域です。

最初は筆者が住む茅野市JR茅野駅東口に静態保存されているC12です。 保存状態良好で、上諏訪機関区のサボも入っています。 でもね、こんなC12見た事ない、走る機械の演出なのでしょうが装飾過多、C12の軽快さをスポイルしていると感じます。

戦前市内に鉄鉱石輸送軌道がありC12が活躍したと説明があります。 その現車でなく、この67号機は中央東線区間列車、及び構内入換機として運用されたと推定されます。

お隣諏訪市湖畔公園に静態保存されているD51です、門鉄デフ824号機、保存状態は並みで、手入れはしている様ですが各部に痛みが目立ちます。

昭和24年から中央東線全線電化直前の昭和39年まで上諏訪機関区所属でした。 その後篠ノ井線・中央西線で余生を送り、無煙化5年前の昭和45年に廃車されています。

かたわらに取り外した集煙装置も展示されていました。 これって所謂長野式?。

諏訪市の隣下諏訪町の役場脇公園に静態保存されたC12です。 保存状態は良好ですが、茅野のC12より更に装飾過多、ドギツイ化粧の娘にアンタ誰?の感覚です。 お召列車牽引機でもないのに、どうして保存車両に余計な死化粧をするのでしょう。 

説明によると中央東線塩尻-小淵沢だけでなく、33/1000急勾配の小海線でも運用されたとあります、後年テンダー化したC56が走っていた線区なので不思議ではありません。 茅野に保存されているC12と同じ昭和48年に廃車されています。

最後は岡谷市内諏訪湖畔に保存されているD51です。 遠目では解りませんが、保存状態は並みの下といったところです。 諏訪盆地の静態保存がD51とC12各2両なのは、昭和30年代この2形式が当地で活躍したからでしょう。

説明看板は10年以上メンテされていない様子で、写真ではほとんど読めません。 この349号機は昭和33年から中央東線電化までの7年間上諏訪機関区に在籍し、その後北海道追分機関区へ転籍し、無煙化達成の最後の年まで室蘭本線で活躍したとありました。

最後の任地北海道で付けていたスノーブローがそのまま装着されている様です。 峠を越えた松本平や伊那谷にも何両か静態保存されているので、折りを見て見に行きます。


現存する550余両の保存蒸機には荒廃注記が15両ほど含まれています。 場所を確保し、国鉄から無償譲渡を受けたのは良いけれど、先々の維持費用や体制が十分でないと今後益々荒廃が進むのではないかと思います。 それにしても現役時代を知る世代としては、見栄えしなくても、ありのままの姿で保存して欲しいと思います。


《桜咲く》
4/18の最高気温21℃は5月下旬の気候でした、その後13℃、16℃と平年並みに戻りましたが、桜の開花が進んでいます。

4/20、標高850m強の自宅周辺はまだ蕾ですが、50mほど低い茅野市運動公園は5分咲き、里から山へ開花が進み、原村や蓼科ではゴールデンウィークが見頃になります。

同日100m低い諏訪湖畔は満開、開花からわずか3日でこの状態、例年より数日早い見頃です。 観光客で混雑する県内桜名所「小諸懐古園」「高遠城址公園」「須坂臥龍公園」は、この週末がラストチャンスの様です。


ではまた。

県道沿いの民家B⑦完成風景

完成した県道沿いの民家Bの風景確認を、まずローカル駅舎と同じ従来線生野北町踏切先で行いました。

屋根瓦色はオリジナルのライトグレーから単体ではかなり暗くしたつもりでしたが、それでも奥の漬物屋や造り酒屋賄い処より若干明るく見えます。 しかし建物群として見れば違和感がなく、風景にも馴染んでくれたと思います。

夕陽を浴びると手を掛けた屋根と側壁の表情が際立ち、実在感が高まってくれます。


少々明る目ですが夜景もまずまず、奥の漬物屋はストラクチャ照明が最も暗い部類なので差が大きく見えますが、街灯との比較では許容範囲だと思います。

90度向きを変え少し視点を下げました。 人が住み暮らす古民家の雰囲気を出せたのではないかと自己評価しています。

連子格子は見る角度により居間の光が漏れる奥座敷の見え方が変わる事が解りました。 元来格子は目隠し効果を持つので、光が来る向きとの関係なのでしょう。

入口灯の明るさ・色共にOK、表札も良く読めます。 中2階明かり取り窓は少し減光した方が良いかもしれません。 周囲の光で浮かび上がる板塀の表情も魅力的です。

裏側の眺めは角度を変えて、瓦屋根色は機関庫に近い色でした。

裏側夜景の明るさと色合いも良さそうです。

街中より田園風景に似合いそうな建物なので、中山平からお寺へ続く道の畑に置いて撮影しました。 背後の余計な物を見せない理由もありますが、夕景が一番魅力的です。

逆の角度からもう一枚、風呂焚き小屋が付いていない側壁は少し単調です。

裏面です、光の角度により屋根瓦と板壁の表情が大きく変化するのが魅力です。

ここで気になっていた部分を追加工しました、1階と中2階は天井で仕切られているはずであり、明かり取り窓が明るく目立ち過ぎるのです。 追加工には建物をベースから外す必要があり迷いましたが、気になるならやるべきと考え実施しました。

明かり取り窓にクリアオレンジ塗装したコピー紙を貼り重ねました、明るさが側面中2階と同等になり、色も赤味を帯びて狙い値になりました。 除雪用具と3本丸太が外れ付け直す手間も掛かりましたが、気になった時にやらないとできなくなるものです。

イノッチさんからのコメントで、レイアウト建設記なのに車両がほとんど登場しない事に気付かされ、オマケの一枚を撮影しました。


《一気に春》
2-3日温かい陽気が続き、一昨日4/18は今年始めて最高気温が20度に達しました。 先週みそれが積り、週末公民館寄り合いでストーブを焚いたのが信じられないほどです。

庭の梅はほぼ満開。

スイセンも咲きそろい。

白木蓮も花を開きました。

芝桜もこんな様子、我家周辺は丘の上なのでまだですが、諏訪湖近辺の桜は蕾から一気に七分咲き、丸でとなりのトトロの一場面の様に、ブワッと花々が一斉開花しました。


ではまた。

県道沿いの民家B⑥小物製作と配置

民家Bに生活感を演出する小物を製作して配置します。

最初にシール版下を作りました。 中段右が表札、左は県道沿いの集落に取り入れる本山宿にあった屋号看板、周囲はホーロー看板です。 ちなみに表札は集落4軒の民家用で、A⇒Dを山村に似合いそうな名字、畑山⇒山田⇒田中⇒中野としりとりにしました。

入口に取り付ける郵便受けを1.2tプラ板から作りました。 中央一部が白く残っているのは塗り忘れではありません。

従来線わらぶき農家製作時、郵便受けを赤く塗ったところ違和感があり、〒マークや文字を入れる技もなく、中央縦に塗り残したら遠目にはそれらしく見えた事の踏襲です。

表札・郵便受け・屋号看板を入口回りに取り付けました、民家Bは山田さんです。 蓮子格子が美しい正面小物はこれだけにします、取材した本山宿も正面は意外にサッパリしていました。 しかし写真で見ると屋号看板が白過ぎてらしくありません。

そこでウェザリング用フラットアース薄め液をサッと一筆塗ってみました、文字の判読性は落ちますが、少し時を経た木製看板らしくなったので、これで良しとします。

正面左側壁は県道を走る車から良く見える広告一等地なので、あちこちで見た記憶がある水原弘さんの殺虫剤と病院のホーロー看板を取り付けました。

反対側コーナー壁には小さく縦長の新聞社ホーロー看板を付けました。 このアングルは雨どい塗り方の下手さ加減を宣伝している様なものですが・・・。

中2階窓のある側面は、バス停と畑を挟んで民家Cと相対します。 壁に掛けた梯子と、踏み台や椅子として使う短かい丸太3本の配置に留めました。 年期の入った壁の表情がこの側面の魅力になってくれれば良いと考えています。

裏面はゴミ箱と除雪用具を置きました。 これだけでも生活感演出になりますが何となく物足りず、シナリオを工夫しました。 何かを追加する場合に、必然性のあるシナリオをあれこれ考える事は、筆者にとって風景製作の非常に楽しい作業です。

厨房右が便所、その隣はどう見ても風呂場です。 右手壁の後付建物を物置きでなく焚口がある風呂焚き小屋にして、今は灯油タンクとボイラーが収納されている想定が面白そうです。 小屋に使わなくなった錆びた煙突を作るという楽しいオマケもあります。

風呂場前軒下は薪置場だったのが機能的にも動線的にも自然です。 そこで灯油ボイラーに替えてから放置されたままの薪束を作りました。 湿気防止のすのこは1mmプラ角棒と筋目を入れた0.5tプラ板、薪束は径2mmの竹細工用ヒゴです。 ヒゴ穴が実感を損なうので塗料でラフに潰し、すのこ足が高過ぎるので約半分に削ってあります。

風呂場前軒下に設置しました。 風景の中で眺めると十分それらしく見えます。 周囲にボンド水溶液を塗り混合リアルサンドを撒いて、基台設置後は面倒になる地面を先に作りました。 県道沿いの民家Bは小物製作と配置完了で完成しました。


ではまた。