Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

KATOキハ52の車両加工②部品加工

今年は小寒1月5日、立春2月4日、一番寒い季節の到来です。

ここ数日氷点下10℃近い冷え込み、テラス雨水落としの鎖は氷柱になったままです。

外が氷点下10℃近いと家の中はどうなると思います?、0時前後に暖房を消して就寝し、朝起きるとこの通り、ファンヒーター室温表示はLo、0℃以下は表示不能なのです。 SWを入れ点火してしばらくすると+1℃から表示を開始します。


さて、前回調査でキハ52車両加工には、エアホースに相当手を加えないと取り付けできない事が解りました、部品加工を行います。

エアホースカプラーポケット取付穴径をドリルで計ると0.9mmでした。 ます0.9mmドリルで穴を貫通させます。 エアホースやラダーを変形破損しない様に穴径を0.2mm毎に1.5mmまで広げ、ダボ残り肉を約0.5mmまで薄くしました。

ダボ残り肉が薄くなったので、刃の薄い小型カッター刃先でダボを切り落としました。

床面干渉しない様に2.5mmドリルでザグり出っ張りをなくします、この穴が取付時接着剤溜まりになります。 って書くと簡単だけど、老眼鏡+拡大鏡でも見えません(笑)、出っ張りがなくなったどうか加工しては写真撮影拡大確認を繰り返しました。

次にラダー上両側の立ち上がり部をカッターで切り取ります、小さく柔いので削り不足NG、削り過ぎOKの大雑把な加工です。 ちなみにエアホース基台は0.7mm厚です。

この泣きたくなる部品加工1個じゃないんです、3両分6個はほとんど拷問(爆)、何とか加工終了です、右上は切り落としましたがラダーが無事なのでこのまま使います。


黒色は実感・存在感がNGと選んだグレーですが、存在感はあっても実感はプラプラ質感でNG、塗装して改善する事にしました。

その場の思い付きで黒鉄をサッと吹いてから、♯1500サーフェーサーグレーをこれもサッと吹いたら面白いまだら塗装になりました。

まだらを消すのが普通ですがディテール潰しては元も子もないので、これにウェザリングして使ってみます。 ま、プラ質感は改善したし、結果責任は自分ですから。

ウェザリング完了です。 残り2個も同様で、まだら感が薄まりほぼ満足できる仕上がりになりました。 とにかく塗装には最悪の季節、乾燥待ち時間が長く捗りません。


(注)Manicさんから気動車貫通幌とジャンパーは片側とご教示いただき、前回の貫通幌は何故片側?の筆者疑問は氷解しました。 ただラダーは必要ですし、一方のエアホースを切って繋ぐ事もできないので、見た目優先で全て取り付ける前提で進めています。


★1月13日の諏訪湖
工作が捗らないので日常雑記を少々(笑)

数日強い冷え込みが続いたので、諏訪湖の結氷はいかに?と見に行きました。 観光客が多い上諏訪周辺からは全面薄く氷が張っている様に見えました。

下諏訪周辺で見ると氷は張ってますが、結氷してない水路があります。

岡谷白鳥飛来地は岸辺だけ結氷して水面が広がり、白鳥と鴨がエサを啄んでいました。 諏訪湖の氷がせり上がる御神渡りは過去4年間出現してません。 15日夜から寒波が緩む予報なので今回寒波での出現は難しそうです。

ついでに松本平へ続く塩嶺峠に登ってみました、諏訪湖が全面結氷すると白く輝いて見えますが薄い氷は陽光を反射しない様です。 標高1,000m、午前11時の気温は氷点下3度でした。 右手の山裾に富士山が頭をのぞかせていました。


★どんど焼き

この日は地区どんど焼き、先月初旬地面が凍る前に穴を掘って準備してあります。 地区の広場では昼から当日準備が進んでました。 正月飾りやだるまを焼き、厄年住民が厄投げをします、燗酒や甘酒も振る舞われます。

昨年末に稲ワラで作った正月飾り持参で筆者も参加、午後6時点火され盛大に燃え上がりました。 後ろの赤色灯は出動依頼した隣部落消防団の消防車です。

当地では柳の枝に食紅で色を付けた米粉団子を鈴なりにし、どんど焼きで炙って食べると無病息災と言われています。 「まゆ玉」と呼ばれ、かつて養蚕業が盛んだった土地柄を反映した風習だと思います。


ではまた。

KATOキハ52の車両加工①調査

大寒波襲来、昨日11日はシーズン初の真冬日でした。 さて、1月3日投稿『KATOキハ58リニューアル予約しました』でキハ58車両加工と共に、キハ20系をTOMIXからKATOに置き換えた経緯に触れました、今回はKATOキハ52の車両加工です。

左がTOMIXキハ20、右がKATOキハ52、上回りディテールはほぼ同等です。 大きく違うのは下回り、TOMIXには運転席ラダー・エアホース・スノーブローがありますがKATOは何もなし、キハ58と同じく非常に淋しい口元です。

反対面はTOMIXにスノーブローがなく共に貫通幌が付いてます、何故片側なのでしょう?、両側に付けると急曲線で干渉し脱線原因になるからでしょうか?。 キハ58車両加工時にキハ52も計画しましたが、必要部品が入手できずそのままになりました。

必要部品その1はTOMIXキハ20系用エアホース、TOMIXキハ20写真で解る様に、黒色は実感・存在感共にNGなのでグレーの再販を待って入手しました。

必要部品その2はグリーマックス貫通幌グレー、この様な小物部品が一旦在庫切れになると入手が非常に困難になってしまいます。

必要部品その3はグリーマックスダミーカプラーグレーです。 部品が揃いながら放置してましたが、キハ58車両加工を紹介したので重かった腰を上げる事にしました。

最初に貫通幌は何故片側?、両側付けてカーブで干渉しない?という疑問の確認です。 オリジナルの貫通幌装着面同士を連結しました。 当社標準KATOカプラーN仕様です、直線では十分な間隔があります。

ご存知の通りキハ52はキハ58と同様エンジン2基搭載の為に全長が21.3mもあります。 最初に比較したエンジン1基全長20mのキハ20と比較するとその差は歴然としてます。 全長が長ければその分カーブ通過が苦しくなるので加工前に確認が必要です。

当社最急R315カーブ連続区間は全てトンネル内、線路上空15-30cmの暗い場所ばかりです、唯一撮影可能なループ線トンネル内勾配区間で調査しました。 結果はご覧の通りで余裕タップリです、では貫通幌片側装着理由は何なのでしょうね、解りません。

エアホースを仮置きして位置関係を確認します、キハ20系は運転席・運転助手席扉位置がほぼ対称なので台車マウントカプラー溝にスノーブロー取付可能な様です。

この確認には苦い原体験があります、キハ58編成1号車はOKでしたが5号車脱線が頻発、原因はスノーブローと運転席ラダーの干渉でした。 キハ58はラダー位置オフセットが大きく、5号車は運転席ラダー切除で対策するしかありませんでした。

TOMIXキハ20はカプラーとスノーブローがボディマウントなので走行干渉なしです。

筆者所有TOMIX車両はキハ20系だけなので台車構造調査するとコイルバネ通電でした、KATOと比較し現在連結不能なTOMIXキハユニ26を編成に加える方策検討が目的です。

KATOの台車構造です、TOMIX台車はセンターピン径が大きくKATO車体集電面積が狭いのでKATO車体への装着不能です。 逆にKATO台車はセンターピン径を広げ集電部加工すればTOMIX車体に装着できそうです。 これが可能ならTOMIXキハユニ26とキハ20のKATO混成に道が拓けます、エアコン付きで走行性能が悪いキハ52は廃車します。

エアホース拡大写真です。 筆者はTOMIXの精密成形技術を高く評価してます、非常に良くできてます、電気設計は出鱈目とダメ出ししました(爆) KATO車体に取り付けるには床面側2つの突起とラダー上両側の立ち上がりが邪魔になりそうです。

裏から見ると突起はカプラーポケット取付穴のダボと解りました。

TOMIXキハ20車体を外すと、ラダー上両側の立ち上がりが車体に嵌り込む構造になっている事が解りました。

KATO先頭部の床板室内側はフラットですが、ヘッドライト、テールライトモジュールが上にあり、ダボは逃げ穴を空けるより削り取った方が安全です。

エアホースを車体に合わせてみました。 幅はOKですがラダー上両側の立ち上がりが窓ガラスと干渉して正しい位置にセットできません、これは削り取るしかなさそうです。 TOMIX部品をKATOに使うには大変な手間が必要と解りました、キハ58車両加工はこんな苦労しませんでした、グリーンマックス部品だったと思います。


ではまた。

半世紀前のTMS 1963年5月号

諏訪に暮らして35年目、夏場の都会の暑さにメッキリ弱くなりましたが、と言って寒さに強くなる事はなく(笑)工作を思う様に進められません。 そこで今回は雑誌著作権50年を経過したTMS1963年5月号から紹介します。

表紙は前年の名古屋コンクールでTMS特別賞を受賞した私鉄風の電車駅です。

表紙裏が天賞堂広告指定席でした、国鉄機関車3形式が並んでいます。 EB10-2千円、DF50-5千円は当時の常識範囲ですが、EF30は電機として超高価でした。 大卒初任給が約2万円、現在の1/10の時代です、いかに高価か理解いただけると思います。

プロトピックス新型車紹介に翌年から山手線に投入された103系が載っています。 それまでの山手線カナリア色101系は総武緩行へ転出し、ウグイス色が山手線シンボルカラーとなり今日に至ってます。 その103系も昨年最後の職場関西から姿を消しました。


実に50年以上活躍した訳で、国鉄時代の修理して長く使う設計思想が反映してます。 JR化後は軽量・コスト優先、短寿命を許容する効率優先設計思想に転換しましたので、今後半世紀活躍する鉄道車両は現れないと思います。

表紙作品巻頭グラフです、モジュールレイアウトという言葉も概念もない時代です。 『レイアウトの一部を独立させたシナリーセクション』とある様に目新しい存在でした。

本文記事の設計図です。 16番800x400サイズはN換算で427x213、点景とも言える鉄道のある風景で、後の観賞用モジュールレイアウトの先駆け的な存在です。

架線こそ張ってませんが、地方私鉄駅の雰囲気が良く再現されています。

筆者が知る限り分割組立式の先例はあっても、モジュールはTMS誌初出でした。

風景重視レイアウト建設中の現在は製作者に共感を覚えますが、当時筆者は運転重視派、運転を目的にしないレイアウトが理解できなかった記憶があります。

レイアウト観賞は低目線に限ると感じさせる画像です。

特集記事はポイント調整、脱線が悩みの種は今も昔も変わりません。 当時レイアウト用にS社プラ枕木フレキとポイントが急速に普及していました、しかし品質が安定せず脱線対策に苦労されたレイアウト製作者が寄稿した記事です。

製品選択では「フログ精度」「トング密着」「ガードレール高さ」をチェックポイントに挙げています。 その他細かな調整や注意事項について解説されています。

割り込み脱線対策の裏技とも言えるレール加工やハンダ盛り技法も紹介されてます。

製品紹介ページには表紙裏の高価な天賞堂EF30が載っています。 『天賞堂製品の中でも最高であり、現在の市販模型電機の中で群を抜いた出来栄え』と絶賛してます。

ロストワックス製パーツ多用も高価格の要因だったと思われます。 関門海峡専用機なら20系ブルトレ~貨物まで何を牽かせても似合うという形式選定だった様です。

同号に鉄道模型社改良新製品クハ153とモハ152が掲載されています、筆者が所有してた懐かしい模型です。 クハが¥1,900、モハ(M)が¥3,000だったと記憶してます。

陸蒸気からこだままで、上段は占領下日本に米軍が持ち込んだディーゼル機、後の国鉄DD12です。 下段はC61が牽くスハ42系列車、1966年夏の研究旅行で乗車した夜行急行青森⇒盛岡牽引機がC61でした。

裏表紙指定席カツミ新製品はワキ1000急行貨物用有蓋貨車、押し寄せる輸送革命に抵抗した国鉄一般貨物輸送のあだ花の様な車両です。


ではまた。