Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

碓氷峠鉄道文化むら

5月の福島遠征の帰路、横川にある『碓氷峠鉄道文化むら』に寄りました。 写真整理がようやくできましたので紹介します。

『碓氷峠鉄道文化むら』は横川駅の少し上手、国道18号線が碓氷峠へ向け傾斜を強める谷の奥にありました。 施設の訪問が目的ではなく、園内に静態保存されているD51 96(一次型)がお目当てです。 生憎今にも雨が降りそうな曇天でした。

入園料¥500払うからには一通り見て行こうと1時間少々滞在しました。

D51 96号機は保存状態が非常に良好で、筆者としてはランボード白線以外余分な装飾が無く、現役時代を彷彿とさせるとても好ましい姿でした。

1971年最終廃車グループです、1969年3月配置表によると長万部機関区所属でした。

キャブ脇まで上れる様になっています。

キャブ内は腐食防止厚化粧もなくスッキリしています。 機関士席のクッションまで原状を留めています。 園内には他にも多数の保存車両が展示されていました。

電機トップバッターはEF58、昭和30年代国鉄のエースです。 筆者子供時代の乗物図鑑に出てくる電気機関車は青大将特急つばめを牽くEF58が定番でした。

EF62とEF15のツーショット、それぞれ時代を代表する電機です。

EF30は乗車した夜行急行が関門トンネルでお世話なったはずですが、初対面でした。

横軽代名詞ED42は庫内奥に保存され写真なし、馴染みのEF63は顔出ししていました。

筆者が興味深く見たのが客車、オハ31系の荷物車スニ30です、昭和初期生まれダブルルーフ17m級のこのタイプは、筆者が旅を始めた頃には姿を消していました。

オハ61系の合造車オハユニ61、どこかのローカル線で乗ったかもしれません。

当時新鋭の軽量客車ナハフ11も半世紀を経ると、これほど古びてしまうんですね。

オシ17、天賞堂16番模型を持っています、一度乗って食事してみたかったです。

新入社員時代に出張で良くお世話になったオハネ12、定位置上段は狭い寝台でした。

DD53+ソ300の除雪編成、DD53は”鉄”から離れた後なので馴染みがありません。

無煙化の立役者DD51の1号機です、顔付きが変だと思ったら・・・。

オンリーワンの表情で24年間活躍した先行量産機だった様です。

最後に国鉄時代横軽の看板列車「あさま」、痛ましいです。 有料園内展示なら敗残の姿ではなく、颯爽としたトップスター時代を偲ばせて欲しいものです。


ではまた。

県道沿いの民家A③屋根加工とウェザリング

民家Aは前回で前加工が完了し、外から見える部分の加工に移ります。

【下り勾配へ】

大屋根・出桁屋根をニュートラルグレイ塗装しました。 民家B・CがRLMグレイ+ウェザリング、民家Dがウェザリングのみでニュアンス差を狙いましたが、結果的に非常に近い仕上がりになりました。 民家Aは意図的に振る為にニュートラルグレイにしました。 裏口トタン屋根はレッドブラウンにレッドを加えて塗りました。

ウェザリング完了です。 今回はウェザリング80%仕上がり状態で雨どいを黒鉄で塗ってから最終仕上げを行いました、雨どいの光り過ぎを抑える目的です。

他の民家に比べ薄い屋根下地板はフラットアースで塗装しました。 マホガニーと各2軒になりましたが、当時の下地板はニスで仕上げてあった様に記憶しており、ニスは明るい茶色からコゲ茶まで各種あったので、細かな部分ですが差を付けてみました。

築20年想定の増築部分は、最初に電力計と取付板及び雨どいに色差しをしてから、描くウェザリングを行いました。 部品単体ではやり過ぎに見えますが、メリハリを付けながら明るい壁色トーンを落とす目的でヘビーにしました。

続いて残る壁のウェザリングを行い、出桁屋根と大屋根を付けベースに仮組しました。 正面は低い部分ほど濃くなるウェザリングをしています。 ポストに色を差し、玄関扉にはスリガラス処理を加えました。 障子仕切り板は未装着、ベースは未加工です。

増築部の側面です。 出入口扉と照明基板が見えてしまう中2階窓をスリガラス処理しました。 ベース一体型ゴミ箱をウェザリングしましたが茶系塗装の方が良さそうです。 増築部壁は組み合わせればそれなりに馴染んで汚し過ぎ感が薄まると思います。

裏側トタン屋根はもう少し赤いイメージでしたが、許容範囲なので良しとします。 便所排気塔は未装着、メーター配管類の一部に色を差しました。 そして写真撮影でベースが何故かフラットでない事に気が付きました、スロープで右側が高くなっています。

最後の側面、ベースがスロープになっており、この面に小屋等を増設する際の障害になりそうです。 他の民家と同じくフラットアース、フラットブラック、ダークグリーン薄め液重ね塗り、ダークグリーンを下を多くして汚れのグラデーション表現をしています。

同じ平屋で形状が近いお隣民家Bと屋根を比較しました。 左側民家Bの緑系に対し明らかに違います、しかし並べて違和感がない狙いどころになりました。


ではまた。

ブログは何の為? 1年半300回に想う

当ブログ初投稿は2015年12月26日未明、それから今日でちょうど1年半、301回目の投稿を迎えます。 皆様のご愛読のおかげで先日15万アクセスに到達し、掲載画像フォルダデータは2300を越えました。 節目となる今回は、『何の為に続けてきたのか?続けているのか?』について想うところを綴ってみます。

【キャベツ畑を廻って間もなく踏切、プッワーン】
ブログ開設目的は二つでした。 一つは風景とシナリオ重視、国鉄時代という相当偏った筆者のこだわり「露太本線コンセプト」が、レイアウト製作者の皆様に共感頂けるのか?評価されるのか?、あるいは拙い工作力で風景重視?とか、スペース無駄遣いと切り捨てられるのか?を確認する事でした。 もう一つは近い志向を持つ仲間探しでした。

最初の目的は1万アクセス到達までの予想以上のアクセスとランキングで答えが出ていました。 しかしブログ初心者の罠にも嵌り、当初計画の2回/週をはるかに超えるオーバーペースで、記事ストック減少と御柱祭役員業務で充電時間が取れない事がストレスになっていました。 もう一つの目的仲間探しはまだ満足できる成果が出ていませんでした。 

そんなモヤモヤ気分で投稿したのが100回目の上記記事です。 先輩ブロガー大佐さん、oomoriさんから経験談と励ましを頂戴して気持が楽になり、大変感謝しています。 

従来線風景を紹介する過程で「もっとじっくり作り込みたい」の想いが強くなり、7月の延伸線建設決意から御柱祭終了まで確信犯で引き伸ばしを図りました。 そして第二ステージ、同時進行のリスクはありますがペース配分が掴めブログ更新が生活の一部になっています。 設計プロセス・基礎工事・拙い工作記紹介でも継続可能と解りました。


そして現在『何の為に続けているのか?』について次の様に考えています。
第一義:自分自身の為にレイアウト製作及び関連趣味の活動記録を残す。
第二義:公開を前提に妥協を排除し、先を急がず作りたい物を造る。
第三義:読者反応と交流によりモチベーションを維持し技術向上を図る。
つまりは自分の為で結果はおまけの様な物、目指す方向は違ってもレイアウト製作を趣味とする方々との交流も次第に増え大いに刺激を受けています。 細かな工作も下手は下手なりに『継続は力なり』、少しは進歩した様です。 いつ完成するか解らないレイアウト建設記ですが、今後もよろしくお願い致します。


ではまた。