Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

混合列車がゆく

当社の想定、昭和40年代国鉄裏街道亜幹線に混合列車は似合わないと思って調べたら、日豊本線で昭和49年の無煙化まで走ってたと知り、「想定外」でないと解りました。 当時乗車DC急行交換列車として名前だけ本線(失礼!)の閑散線区で見かけました。

【C58が牽く釧網本線混合列車】・・・無煙化後も昭和54年2月まで混合列車運転
その気があれば乗車機会はあったのですが避けて一度も乗った経験がありません。 極端に遅いのです、交通網未発達で中長距離移動は鉄道以外選択肢がなく、釧路-網走170kmを5時間以上かかっても誰も文句を言わなかった時代の遺物だと思ってました。
[註]現在の釧網本線普通列車は釧路-網走間を3時間20-30分で結んでます。


機関車/職員運用効率向上の混合列車は、輸送手段として見れは非効率な存在でした。 しかし当時の風景として懐かしくもあり、C12は入換機だけでなく混合列車本務機に使いたいと考えてました、そして混合列車の客車はオハ61系でなくては似合いません。

【究極の混合列車】
たった3両で、乗客/貨物/手小荷物/郵便や新聞などを沿線に届ける混合列車です。 ワフ29500購入と点灯化工作は混合列車が目的でした。 しかしいくら閑散線区でも立席込み60人程度の輸送力は現実感が乏しいので、C12牽引力に合わせ少々膨らませます。

【C12が牽く混合列車】
C12が牽く客車2両、ワフ29500を含め貨車4両の上り混合列車が今回の主役です。 これから中山平駅に到着後、どんな動きをするか見て行きます。 その前にクイズです。


★この列車乗務の国鉄職員は何人?・・・答:5人(最低4人)
①C12に機関士と機関助士:蒸機は2名乗務が必須条件です。
②オハニ61に車掌:検札など客室業務の他に手小荷物配集荷管理業務も担当します。
③ワフに列車係と車掌:貨物業務担当、走行中に次駅の貨車入換手順を打合中です。

列車到着前の中山平貨物ホームでは、首都圏に送る農産物を積んだワムが待ってます。 貨物側線は上り本線から分岐して行き止まり、では下り方向へ送る貨物は???。

野積み上屋前では原木を積み、下り方向の製材所へ向かうトラが待ってます。 で、どう送る?、上り列車で一旦次の拠点駅へ送り、そこで下り列車に組み入れて再び中山平駅を通り目的地へ向かいます。 これは混合列車だけでなく国鉄貨物全般の方式で、実質納期はなく、着いた時が納期でした。 トラック輸送に負けたのは当然だと言えます。

列車が中山平駅に到着し乗客が乗降します、停車時間は14分、乗務員と駅務員は時間と競争の忙しさになります。

最初にワフとトラを連結開放し本線へ引き上げます。 ワフ乗務の1人は赤と緑の手旗を脇に抱え、ワフ後方ステップに手すりを掴んで乗り、機関士誘導位置に付きます。
[註]C12が常点灯対応でないのでヘッドライトが消灯してます。

【C12が牽く対向列車】
中山平駅で列車交換がある場合は、対向列車先着のダイヤが組まれてたと思われます。 でないと下り列車が隣駅発車し閉塞中には本線引き上げできないからです。 下り列車が混合列車でも問題ありません、中山平駅で貨物扱いするのは上り列車だけです、貨物側線分岐方向などにより上下列車それぞれほぼ均等に貨物扱い駅が割り振られてました。 

列車後方ではオハニの荷室扉が開き、車掌と駅務員の間で手小荷物の受け渡し作業が行われます、こちらは数分で終わる仕事です。

貨物側線ポイントを切り替え、ワフ後方の誘導でバックし出発貨車2両を連結します。 入換時間短縮の為に駅務員や荷役作業員が人力で貨車移動する事もありました。

貨物側線から本線引き上げ、側線ポイントを切り替え、今度はワム後方から誘導して本線をバックし列車へ連結します。

次に客車と最後尾の中山平到着貨車を連結開放し、再び本線引き上げします。

到着貨車を貨物ホームに送り込み連結開放してから本線へ戻り列車に連結します。 C12はこの入換作業の間に本線と貨物側線を実に4往復もしなくてはなりません。

貨物入換作業が完了し、貨車1両長くなった列車の出発準備が整いました。

こうして中山平駅での貨客扱いを終えた上り混合列車は発車して行きました。 現在より日本がはるかに広く、時間がゆっくり流れていた時代の物語でした。


ではまた。