Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

露太本線生野駅夜のひととき

今回は新撮写真で生野駅の夜景を紹介します。 駅構内には詰所やヤード灯を含めて、約40箇所に照明を組み込んであります。 灯りが織りなす風景をお楽しみください。

町役場屋上から、駅前大通りを見下ろした構図です。 ファインダーを見る事ができないので、おおよその角度・焦点距離で絞りを振って撮影した、カメラ限定眺望です。  

駅舎入口にやって来ました。

駅舎入口階段を登って振り返ると、駅前雑居ビルが並んでいるのが見えます。

駅構内に入ると、下り普通列車が当駅で急行待避の為、4番線に到着するところでした。

普通列車は後尾が跨線橋階段に近い位置で停車します。 機廻し線でD51が給水・給炭中です。 待合室手前側、嵩上げホームのスロープが影を作っています。

数分後、1番線に急行「ろふと」号が定刻で到着します。

昭和40年代後半の急行ヘッドマークは、四国(宇高連絡船からの誤乗防止)全急行と中国・九州に数例あったと思いますが、露太本線設定の北国では見た記憶がありません。

時代考証的には疑問ですが、好きならそれも良いと雰囲気重視で付けています。

上り方からの駅全景です。 急行は5両編成、普通列車は2両編成です。

目線を下げて跨線橋越しの眺めです。 出発信号機はまだ赤です。

駅裏留置線側から、給水塔・給炭台越しの駅舎・駅前広場方向の眺めです。

給水・給炭を終えたD51は機関庫へ移動したようです。

事務所・梃子小屋側からです。 物流会社ビルの窓に灯りが一つ、残業でしょうか?

3・4番線ホーム荷物上屋の上に、三叉路米屋の頼りなげな灯りが見えています。

下り方からの眺めです。 1番線ホーム先端の給水施設がシルエットになっています。

下り方からの全景です。 駅前広場の明るさが際立ちます。


ではまた。

生野街歩き-5 裏通りから公園へ

北町通り、物流会社ビルと米屋の三叉路から分岐する裏通りへ進んでみます。

裏通りはセンターラインのない1.5車線幅で、真っ直ぐではありません。 左はジオコレ駅前商店クリーニング屋、右はジオコレ旅館です。 米屋との間は旅館太田屋の駐車場になっており、無断駐車の罰金五千円は現在の約2万円でしょうか。 正面は商売を廃業したしもた屋、KATO製品です。 それぞれの築年数に合わせてウェザリングしています。

クリーニング屋は明るく白っぽい灯り、太田屋は少し温か味のある灯りにしています。 門燈は光ファイバー方式の拡散度を高くして、軒下をほんのり照らす様にしました。  また、裏通り街灯には1608サイズLED、電球色ではなくイエローを使っています。

S字状カーブから裏通りの奥を見た風景です。 左端にチラッと見えているのは、街並みユニット中ほどに建つジオコレ木造長屋です。 木造長屋の裏通り側は古看板と土管が放置された空地になっています。 その奥はジオコレ集合住宅で、古びたモルタル安アパートの雰囲気満点の、この外壁色バージョンを選びました。

アパート前にも街灯があり、入口をぼんやり照らしています。

スーパー屋上から眺めた裏通りです。 裏通りの曲がり具合と役場前通り側の道幅変化が解ります。  左側GMの土蔵店蔵と、右側ジオコレの醤油屋・蔵は形状が少し違いますが、同じ街並みの建物として馴染んでくれました。 瓦屋根が続く懐かしい風景です。

ほのかな灯りに照らされた、裏通りの夜景です。

左側の蔵が建ち並ぶ古い街並みと、右側の町役場・スーパー・公園と続く再開発地の街並みが対照的な、役場前通りの風景です。 裏通り三叉路近くに横断歩道があり、渡った先に生野公園入口があります。

夜景です。 遠くに役場前交差点が明るく見えています。

生野公園は駅前再開発により建設された想定で、駅前張出しスペース右奥にあります。 この時代の公園には、遊びを工夫できる遊具が設置され初めていました。 コンクリートの山は紙粘土、すべり台は0.5プラ板、縦横の通路はマカロニで製作しました。 時代に似合うコンクリートブロック製公衆便所キットがなく、これも0.5プラ板から自作しました。 公園らしくオシャレな丸窓になっていますが、加工が楽なのが本当の理由です。 鉄棒・ベンチ・ゴミ箱・案内板・水飲み場を設置し、樹木・茂み・草を配しています。 公園外周柵には、KATOガードレール新タイプを黒鉄色に塗装して使用しています。

夜間は公園灯2灯が園内を明るく照らします。 公衆便所にも小さな灯りがあります。


ではまた。

諏訪大社御柱祭 抽籤祈願御祈祷参加

鉄分の全くない話題を一つ。 2016年は、7年目毎に諏訪大社4社の神域四隅を示す御柱(おんばしら)を建て替える「御柱祭」開催年に当り、諏訪地方は祭り一色になります。

千年以上とも言われる伝統行事で、直径1m、長さ17-18m、重さ約10トンの大木を山から切り出し、氏子が力を合わせて綱で曳き、急坂を下り川を渡って運びます。 観光客が訪れる山出し祭は4月、里曳き祭は5月ですが、準備は昨年末から始まっており、その一つが『抽籤祈願御祈祷』です。 筆者が住む地域は諏訪大社上社(本宮・前宮)の氏子で、各地区が8本中どの柱の曳行を担当するか、2月15日の抽籤で決まります。 1月2日(土)3日(日)、以降2月14日まで毎日曜日早朝に、良い柱が当るよう祈願するご祈祷が行われ、各地区有志が参加します。 本日1月24日(日)早朝の様子を紹介します。

午前4:55公民館集合、約20名が車に分乗して諏訪大社へ移動、各部落名を染め抜いた揃いの法被を着て参道に集合したところです。 東の空はまだ暗い午前5時半、気温は氷点下5-6度(この時期としては温かい)、底冷えする石畳の上でご祈祷の時間を待ちます。

6時前に開門しました、今日は自地区が初回のご祈祷です。。 平年より温かいとは言え、30分以上立っていると、寒いを通り越して「痛い」です。 普段は入る事ができない本宮内庭に、地区二十数部落、総勢400-500人が勢揃いし、ご祈祷が始まります。

神官が「△△地区の民へ良き柱を授け給え」と抽籤祈願の祝詞を上げます。 その後、各部落代表者が玉串を奉じて祈願します、昇殿者は厳寒の中、スーツ・ネクタイの正装に法被を羽織るだけです。 祈願すれば良い柱(本宮一之御柱が最も格が高いとされています)が当ると考える人はまず居ません。 しきたりと言ってしまえばそれまでですが、各部落の御柱祭にかける意気込みを示し、部落の結束を固める意味を持つ行事です。

抽籤祈願が終り、部落毎に集合です、ようやく明るくなってきました。

午前6時半、これから抽籤祈願を行う地区の氏子たちが順番待ちをしています。


ではまた。