Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

もう一つの御柱祭 小宮祭③ 建て御柱

前回の続きです。 午後の曳行に先立ち、2本縦に繋いでいた曳き綱を1本にしました、取り回しを良くする為と、昼休み後は曳き子の数がガクンと減るからです。

正午、まだ夏祭りが行われている広場から再び曳行を開始します。

曳き子の数は1/3ほどですが、力を合わせて曳きます。

広場から小斜面を下って道路へ、下り坂を神社前まで一気に進みます。

神社階段に足場板を敷き、メドを外した御柱を鳥居を潜って境内に曳き上げます。 今度は登りなので「ヨーイテコショ・ヨイサ」の掛け声に合わせ全力で曳きます。

定位置に安置した後「冠落し」を行います、氏子達が斧(「よき」と読みます)で御柱先端に刃を入れる神事です。

諏訪大社御柱祭では古式に則り、斧(よき)と手斧(ちょうな)で冠落しする様ですが、部落御柱はチェーンソウを使います。

建て御柱準備が進み、乗り手の若者が安全確認をしています。 足掛け手掛け安全ベルトを付けています。 先頭の若者は御幣を、二番目の若者は懸垂幕を背負っています。

ワイヤーが巻かれ御柱先端が持ち上がりました。

ワイヤーを巻き取るしゃちの下では、稲ワラでスリップ防止を図りながらワイヤーの張り具合を監視しています。 建て御柱経験豊富なベテラン氏子の役割です。

半分強建ち上がりました、御柱にはワイヤーの他に4本の姿勢制御用綱が取り付けられ、それぞれ氏子数人が担当し、指揮者の指示に従って張力を調整します。 この頃には夏祭も終り、多くの住民がクライマックスを見に集まってきます。

垂直に建ったところで懸垂幕が下ろされます。

先端に御幣が打ち付けられます。

乗り手は一人づつ綱を伝ってレスキュー隊員の要領で地上へ降りてきます。

最後の乗り手は足掛け手掛けを外して落してから、綱を伝って下りてきます。

建て御柱に集まった住民の楽しみがコレ宝投げです、今回の賞品はブランド米でした。

8月22日(月)根固め神事と後片付けが行われ、夕方いつもの静かな姿に戻りました。 新しい御柱がこれから6年間神域を守ります。[この項完]


ではまた。

もう一つの御柱祭 小宮祭② 木落し

前回の続きです。

難所の上り坂を越え休憩した後は、平坦な裏通りを進みます。 進行が早く余裕ができたので、20-30m毎に乗り手を交替し多くの方に乗ってもらいました。 白い房が付いた御幣を持っているのは木遣り衆です。

女性ラッパ手3名の総乗りです、メドに乗って吹きました。

道路が90度曲がる部分では、梃子と追い掛け綱を操作して御柱の向きを変えます。

12年後か18年後を期待したい世代です。

記憶に残らなくとも、母親に抱かれて御柱に乗るスナップはアルバムに残るでしょう。

木落し後方にはアンカーとしてバックホーを使い追い掛け綱を支持します。

木落し会場では先端1mせり出した状態でセレモニーが行われます。 筆者はここでメドに乗りましたが、2階屋根上から見下ろす高度感と左右に練るメドの揺れに、手掛け根元を握りしめ体勢を維持するのが精一杯でした。

木落し予定時間10時半にGOサインが出ました。 曳き子は柱から離れた位置へ、命綱を担当する若者達は前方へ移動してします、祭の山場の一つが始まります。 御柱に御幣持ちとメド衆5人を乗せたまま坂を下ります。

木遣り・ラッパ・掛け声が交錯する中、御柱はゆっくり坂を下ります。 命綱と後方追い掛け綱を張って安全確保します。 メド衆は揺れる足掛けに立ち、片手で手掛けを握り、胸を張って御幣を振ります、着地衝撃に備える緊張の一瞬です。

メドが左右にブレることなく先端が斜面に接し、美しい形の木落しになりました。

先端が地面に食い込んだ御柱を、「ヨイサヨイサ」の掛け声で曳き、木落し坂から下して午前の部が終了します。

部落夏祭と小宮祭を同時開催にしたので、広場模擬店に弁当・オニギリ・ハンバーガー・フランクフルト・生ビール・ジュース・アイスや、子供向けに綿アメ・ヨーヨー・輪投げが用意され、多くの住民が祭を楽しみました。

木落しが無事終了し、ホッと一息入れた委員の皆さんの記念撮影です。


ではまた、続きます。

もう一つの御柱祭 小宮祭①

筆者が住む部落御柱祭の「綱打ち」と「木造り」を以前紹介しました、8月21日(日)に本番の「小宮祭」が開催されましたのでレポートします。 諏訪大社御柱祭がゴールデンウィークに終了してから月2回、中心となる若者は平日夜に公民館で週2回、準備作業を進めてきた晴れ舞台です。 委員と若者は前2日、後片付け1日、4日連続の奉仕です。 仕事を持つ現役世代が8割近くですが、7年目に一度の御柱祭は特別な想いで参加されています、単に祭が好きだけではなく、文化継承担い手の責任感が強くある様です。

8月19日(金)準備作業には約30名参加し、足場を組んで建て御柱支柱となる帆竿を2本取り付け、ワイヤーで固定支持しました。 8月初旬に行った「御柱休め」で、これまでの御柱は引き抜き安置されており、新しい御柱を建てる穴を準備しました。

年配者グループは木落し会場となる共有地脇道路フェンスを取り外し、張り出した樹木枝を剪定しました。 高さは3mほどですが傾斜は30度強、長さ5-6mの急斜面です。 午後3時に作業終了し、広場でBBQ直会を行いました。

8月20日(土)は、二三四御柱の建て方です。 小宮祭で曳行・建て御柱を行うのは一の御柱のみ、他の3本は前日に委員若者の手で建てます、7年目毎の祭なので手順を確認し練習の意味合いもあります。 これは二の御柱先端、冠落しをした状態です。

こちらは”しゃち”と呼ばれるワイヤー巻取り機、建て御柱に使う部落備品です。 操作法や注意点が世代間で実地伝承されます。 軸にパイプを2本通し4人で回します。

二三の御柱に続き四の御柱を徐々に建てるところです。 手前丸太を渡してある場所が、翌日一の御柱を建てる穴です。

足場に紅白幕と看板が取り付けられ、祭りの準備が整いました。

小宮祭当日、朝6時半に参拝して安全祈願し、公民館前で曳行開始準備をしているところです。 心配された天気は何とか持ち直し、次第に晴れ間が広がり出しました。

曳行開始時間7時半になり、綱渡り神事に続き鏡割り、写真右側が筆者です。

曳行が始まりました、木遣りが歌われラッパ・太鼓に合わせ曳きます。 部落のラッパ手は3人、地区のラッパ隊に応援をお願いしました。

公民館前からの曳行ルートは250mで5mの上り坂、直径40cm長さ10mの御柱に綱とメドや乗り手を加えておそらく1t以上、70-80人が力を合わせ曳かないと動きません。

40-50m進むと乗り手交替、部落のお祭りなので子供も女性も乗ります。

今度は少子化で10人ほどに減った中学生が乗っています。 次回6年後は大学生の年令、将来地元に帰り彼らが若者として活躍してくれる事を願っています。

小宮祭で一番怖いのは事故と怪我、安全確保のためメド下には若者が万一の場合に備え、下敷きになる覚悟で付き添っています。

1時間半予定していた上り坂を半分の時間で登り切りました、ここで休憩、ジュース・お茶・缶ビールが飛ぶ様になくなります、配っているのが筆者です。


ではまた、続きます。