Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

本日はお休みします TMS 1962年7月号

今日から2泊3日で出かけます。 これまで50年以上前のTMS・鉄道P誌を各2冊紹介してきました。 コメントも頂戴しており、皆様それぞれの「あの時代の思い出」と結び付いている事が解りました。 手元にある他号についても随時紹介したいと思います。

表紙はメイン記事、アプト式時代の横軽主役ED42の3重連です。 当時のTMS寄稿者3名の競作で、お一方所有レイアウトで撮影された画像が表紙を飾っています。

信越本線横軽のアプト式廃止は翌1963年でした、ED42現役最終年に合わせたTMS企画と推定しましたが、本文記事で全く違う事が解りました。 交流のあった3氏が、同じ形式を同時製作すれば多重連を楽しめると、秘密裏に製作し完成披露でTMSをアッと言わせたというエピソードが記されていました。

横川方ED42の3重連だけでは軽井沢方補機が不足すると、同時製作されたED40です。

同じく同時製作されたアプト式暖房車ヌ600、こんな車両の存在を知りませんでした。

新型車紹介のプロトピックスではEF70、翌年から信越本線で活躍するEF62/EF63の電機3形式が左ページに、70系/80系後継として、その後発展形113系/115系と共に長きに渡り直流電化区間の旅客輸送を支えた111系が右ページに掲載されています。

ガソリン動車キハ40000の16番モデル化です。 実車は鉄道省初の量産ガソリン動車キハ41000の車長15.5mを11.5mに短縮し、勾配線区や貨車牽引を意図して生産されたが運用実績が悪く、戦後ディーゼル換装して形式変更される事なく生涯を終えた形式です。


しかし模型として考えると、小型レイアウト走行可能で、短い車体と混合列車運用もできるスケールモデルとして魅力的な存在だったと思われます。

後年「陸蒸気からひかりまで」として特集シリーズ化された原点です。 本号が第11回ですから連載開始は1961年夏、東海道新幹線開業の3年前です。 151系こだまが憧れの特急電車でした。

C53もEF53も、ダブルルーフ特急編成も1930~1940年代、筆者の知らない時代です。

筆者は70系/80系と同世代ですが、70系の前に横須賀線で活躍した32系は知りません。 下段のモハ33,34は、モハ11と改番された後の姿で、南部線/横浜線で遭遇している可能性が十分ありますが、記憶にはありません。

当時のTMSに時々ストラクチャーガイド記事が掲載され、筆者のレイアウトプラン作成に大いに参考になりました、結局計画倒れでしたが・・・。 本号ではローカル線分岐駅、特殊な線路配置の池谷と、盲腸線終端駅鍛冶屋原の駅施設が紹介されています。

ネット検索の手段もなく、現地踏査か国鉄職員から聞き取り調査でもしない限り、駅付帯設備を知る事ができない時代でしたので、大変貴重な情報でした。

鍛冶屋原駅の機関車駐泊所、多分C12辺りが混合列車を牽いていた線区と思われます。 建設中延伸線SB駅の機関車駐在所跡地製作に大いに参考になります。

前年3月5月号で¥100だったTMS定価が¥130に値上げされています。 時は1964年東京オリンピックへ向け建設ラッシュの時代、インフレが進んでいた事がうかがえます。


ではまた。

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