Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

鉄の履歴書ー19 急行たざわと16番オシ17

皆さんは列車名「たざわ」から、どの列車を思い浮かべるでしょうか? 多くの方は秋田新幹線開業前に盛岡ー秋田・青森を結んでいた、485系特急「たざわ」だと思います。 筆者の「たざわ」は上野ー秋田間奥羽本線経由昼行客車急行「たざわ」です、一等車2両と食堂車を連結した堂々とした急行列車でした。

【生野発守屋行区間列車キハ20】
調査すると、列車名「たざわ」は、38年の生涯で実に数奇な運命を辿っています。
①1959年:仙台―秋田間を結ぶディーゼル準急「たざわ」として誕生。
②1965年:上野ー秋田間奥羽本線昼行急行「鳥海」が、上越・羽越線回り新夜行急行へ
 列車名を譲り、急行「鳥海」は「たざわ」に、準急「たざわ」は「千秋」に改称。
③1968年:同一区間同一列車名の国鉄方針により、急行「たざわ」は上野-秋田間夜行
 急行「おが」の昼行列車として「おがX号」に改称、1966年全通田沢湖線盛岡-秋田間
 急行「南八幡平」が空席になった「たざわ」を襲名。
④1982年:急行「たざわ」は、田沢湖線電化時に485系特急「たざわ」に格上げ。
⑤1985年:急行「むつ」の格上げで、一部の特急「たざわ」が秋田-青森間延長運転。
⑥1996年:秋田新幹線工事で田沢湖線1年運休、特急「たざわ」は秋田-青森間で運転。
⑦1997年:秋田新幹線開業、特急「たざわ」は「かもしか」に改称、「たざわ」消滅。


つまり、筆者の急行「たざわ」は、初東北旅行年を含む高校3年間のみの運転でした。

天賞堂10系食堂車オシ17、オリジナル化粧箱入りです。 かなり高価な製品でしたが、「たざわ」を模した食堂車連結急行列車を実現する為、バイト代で購入しました。 

箱から出します、スロ(指/自由)+オシ+ナハ(指)+オハ(自由)+ナハフ(自由)5両編成昼行急行の主役です。 1本だけ残してあったシノハラ製プラ枕木レールを使い撮影しました。 急行牽引機には手持ちC58は役不足で、C57かC61、またはDF50が欲しかったのですが、バイト収入ではとても手が出ませんでした。

細部を見てみます、サボを取り付け、KDカプラーに交換してあります。 台車の彫りが深くボディの絞りや窓回りの出来が良いお気に入りでした。 16番でなければ細密感や本物らしさを得られないと思っていましたが、現在のNディテール品質は、当時の16番と同等、または超えるところまで来ていると感じます。


ではまた。

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