Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

鉄の履歴書-11 16番車両増備と工作

153系2両でスタートした16番次の一歩は、編成完成に向かいませんでした。 行きたい場所へ通じる路線は、東海道と上越を除き全線電化前、東京から千葉、平、仙台、米沢、長野、甲府までが電化区間、八高線、川越線は非電化、9600、C58、D51が現役でした。


立ち読みした鉄道FやPの記事にも新型電車に混じって、行き場を失い始めた蒸機特集が目立ち、次第に非電化ローカル線に傾倒して行きました。 本シリーズ前回南紀の旅、前々回蒸機で初詣の経験が、大きな要因になった事は言うまでもありません。

【上り急行発車】

2台目動力車は宮澤模型C58でした、天賞堂9600が欲しかったのですが、その半額以下のC58が限度でした。 当時の16番は完成品だけでなく、上回り、下回りバラ売り、真鍮製車体塗装有無、ペーパー車体キット等実に多様で、台車、床下機器、駆動系等部品が豊富に揃っていました。 科学雑誌に掲載された工作記事に従い、トキ15000を自作してC58に牽かせました、車体を5両完成したのに台車が買えず、走行したのは2両でした。


旅客列車用にオハ35ペーパーキットを製作し、木製屋根と床下は筆塗り、ペーパー車体は雑誌記事を参考にして、殺虫剤手押し式ポンプで初の吹き付け塗装を行いました。 TMSレイアウトデザインコンペ記事に触発され、方眼紙にコンパスと定規でローカル線レイアウトプランを書いては消し、消しては書き、夢想を始めたのもこの頃です。


ではまた。

築堤の貨物列車 

完成した生野南中の校庭は、サッカーゴールを避ければどこにでもカメラを置けます。 今回は校門左手の線路脇から撮影した、貨物列車の風景を紹介します。

校庭からは段々水田とその中を通う農道、川面は見えませんが小川に架かる鉄橋と、その向こうの山が見渡せます。 小春日和の時間が止まった様に感じられる昼下がりです。 中山平から生野へ向かう貨物列車が、山際から姿を現し鉄橋を渡ってやって来ました。

列車を追って視線を転じます。 貨車の不規則な鉄橋通過音に重なって、蒸機ドラフト音が次第に高まってきます、平坦区間なので軽快なリズムを刻んでいます。

校庭脇カーブに列車が迫って来ました。 前の2枚は手前の築堤越しに、7mmスペーサを敷いて撮影しましたが、このショットから校庭直置きして視点を下げています。 校庭と線路面高低差15mm、コンデジレンズ中心がほぼ蒸機ランボードの高さになります。

蒸機がカーブを回り接近してきます、ドラフト音が大きくなり、やや甲高くなります。 高速運転には少し物足りないカントですが、蒸機にはこの程度が似合います。

蒸機が目の前を通過しようとしています。 ドップラー効果で高くなったドラフト音が、切り返して低くなる瞬間です。

ドラフト音は低くなって遠ざかり、タタッタタッタンタンとジョイント音がしばし続きます、緩急車のタンタンという音が通り過ぎると、辺りに静寂が戻ってきます。


ではまた。

井戸尻遺跡の蓮

昨日7月7日、梅雨の晴れ間に自宅から車で20分ほど、富士見町の井戸尻遺跡へ蓮を見に出かけました。 長野と山梨の県境、中央本線信濃境駅近くです。

井戸尻遺跡は縄文時代の遺跡で、復元住居と出土品を展示する考古館があり、周囲に花畑が広がっています。 ノハナショウブが終りこれから蓮の季節、前日のローカルニュースで、大河ブームに沸く上田で蓮が満開と聞いて出かけたのですが・・・。

これが毎年一番大輪の花を咲かせる目当ての蓮畑、花芽は立ち上がり始めていますが開花ゼロでした。 この他にも元水田6枚ほどが蓮畑になっています。

開花していたのは、この大賀蓮だけでした。 遺跡で発掘された種子から咲かせた古代蓮の子孫です。

水連は盛りに今一歩ですが、そこそこ咲いており楽しめました。

水連の葉は、茎の部分でくびれた羊の足形をしており、水面から低い位置にあります。 後ろに見える、葉にくびれがなく傘の様に水面から立ち上っているのは蓮です。

淡いピンク色の水連も咲いていました。

遊歩道脇で桑の実が黒く熟しており、口に含むと懐かしい味がしました。


ではまた。