Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

街道沿い集落取材 中山道 本山宿

県道沿いの集落製作の参考にと旧中山道本山宿へ取材に行ってきました。 20年近く前に県内旧街道巡りした際、観光地化されていない日々の暮らしがそこにある街並みに惹かれての再訪です。 本山宿は塩尻から名古屋方面へ下った松本平の出口、木曽路の入口に位置します。 国道19号線はバイパスしており、旧道沿いに集落があります。

バイパスから分岐した集落入口に立つ看板です。 古文書の記述からそば切り発祥の地とされており、信州そばのルーツです。

旧道と言ってもバイパス開通までは主要幹線国道ですから道幅が広く、両側に民家が建ち並んでいます。 遠くには木曽谷の山々が見えます。

出格子2階建の旧旅籠と解る建物群です。 一部が重文指定を受けていますが、木曽路の
馬籠・妻籠・奈良井宿の様に景観保存や電線地中化された観光地ではなく、今でも日常の暮らしがあります。 集落には土産物屋もカフェもコンビニもありません。

こちらはリフォームされた出桁造りの2階屋、昔は連子格子があったかもしれません。 右の瓦屋根は陽を受けて輝き、黒でなくニュートラルグレイに見えます。 古い街並みの面影は残るものの、さすがに20年前初訪問時のタイムスリップ感は消えていました。

出格子と出桁のツーショットです、手前の住宅は側壁や建具をリフォームした際、2階出格子と1階腰板を家の顔として残した様です。 今回の取材目的の一つは古民家瓦屋根の陽光下の見え方で、この家は青味を帯びて見えます。

集落中央付近に新しい案内板がありました、旧街道歩き愛好者へのサービスでしょう。 本陣・脇本陣・旅籠30余軒を備えて栄えた宿場町だった事が解ります。

集落の民家は間口の広い大きな家ばかりではありません。 間口半分以下の小さな民家が3軒並んでいます。 左端の2階屋に比べると屋根が低く、中2階的な2階屋の様です。

同じく小じんまりした2階屋、瓦屋根はニュートラルグレイより少し暗目に見えます。 取材日は4月2日、前日降った雪が屋根に残っていました。

昼時になったので集落で唯一食事ができる「本山そばの里」で蕎麦をいただきました。

集落主婦の職場です、営業開始11時過ぎ、平日なのに結構な賑わいでした。

食後の一服をしていると、すぐ脇を走る中央西線上り列車がやってきました。 名古屋から特急しなのに乗車すると、木曽谷曲線区間の速度制限から解放され、塩尻へ向け一気に100km/h以上にスピードアップする区間です。

食後も集落巡りを続けました。 本山宿の特徴は各戸に屋号看板がある事です。 縦50-60cmはある大きな白木板に「信濃屋」「えびす屋」など屋号を墨書きした看板です。 古い民家でもハッキリ読める真新しい看板を掲げています。

こちらは立派な門構えのお宅に掲げられた少し小ぶりの「俵屋」屋号看板です。

屋号は旅籠屋や職業に由来すると推定されますが、新築の家にも掛けられている事から、現在でも生活に密着、例えば集落内では屋号で呼び合うのではないかと思われます。

木曽谷側のバイパス合流点の看板です、20年前はなかったと思います。 左手がバイパス、その上を導水橋で集落へ沢の水を引いています。 右下が旧道、その右側に中央西線が見えています。 本山に駅はなく次の日出塩に駅があり、その先から木曽路です。

帰りに隣宿洗馬(せば)に寄ってみました。 本山と同規模の宿場でしたが、数度の大火と景観保全が行われなかったので古民家の香りがする建物はごくわずかです。 旧旅籠屋を思わせる建物です、こちらの屋根は緑がかって見えます。

洗馬宿外れに中山道と善光寺街道のY字分岐があります。 ここを頂点として中山道信濃追分宿と善光寺が二等辺三角形の位置関係になります。 中山道を江戸に向かう旅人が、足を伸ばして善光寺詣りなんて事もあったのだと思います。


ではまた。

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