1966年3月全国の鉄道風景 国鉄の話題 西日本編
本シリーズ最後は国鉄関連話題の紹介です。

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1964年赤字に転落した国鉄は、1960年開始の『生産性向上運動』で労使対立が泥沼化し、都市部で激増する通勤通学客対応に追われてました。 次々建設される赤字確実新線運行・電化・複線化・無煙化推進の変化の時代に対処し切れず、混迷を深めてました。

シリーズ初回で佐世保線急行『平戸』を牽引する逆推進8620を紹介しましたが、同区間特急『さくら』牽引機は無鉛化の旗手DD51が務めてました。 つい数年前まで鳥栖機関区所属C60・C57の仕事でした。 日本の西端にも変化の荒波が押し寄せてました。

赤字の国鉄は1966.03.05ダイヤ改正で準急を急行に格上げし、短距離新設急行の運転を次々開始し、優等列車の無かったローカル線でも運転しました。 急行『からつ』もその一つ、博多-佐世保間をローカル線経由で、途中4回も進行方向逆転する運転経路でした。
先日まで準急格列車の発車式テープカットは大袈裟に見えます。 キハ・キロ・キハの3連運転で、キロはガラガラだったと思います。 急行『からつ』のその後は不明ですが、多分短命で、2年後ヨン・サン・トウダイヤ大改正で消えた様です。

九州地区の無煙化にこの時代にDD13が投入されてます。 職場を失い廃車されたのは、8620/9600だったのではないでしょうか。

阿蘇のカルデラ内を豊肥本線準急格上げ急行が行く、長閑な早春の風景です。

東海道新幹線開業で151系・153系は西に大移動しました。 直流優等列車用の山岳装備がない車両は活躍場所が限定されてました。 九州乗入ができず、西の箱根と呼ばれた瀬野八越えに補機が必要だったからです。
初期型低運転台クハ153は回生ブレーキ関連機器取付で165系と混結可能なクハ164に生まれ変わり、山陽路で活躍してました。 準急『やしろ』運用3月4日撮影画像ですが、翌3月5日実施の運賃改定で、準急は国鉄増収策で急行に格上げされました。

113系に職場を追われた80系電車は、沼津以西・豊橋以西と西へと追いやられ、山陽本線で最後の務めを果たしてました。

都市への人口集中は首都圏・関西圏・中京圏に留まらず、地方中核都市でも起きてました。 通勤用気動車として開発されたキハ30系は、ローカル線の混雑緩和に効果的で、北九州圏を始め地方中核都市に乗り入れる非電化路線に配備されました。 中国支社広島運転所配属のキハ30系は、呉線、芸備線広島-三次間で運用されたと思います。

1966年にまだDD13製造してたのかと思ったら第16次型はこの年51両増備された600番台で、機関を初期型370PSX2から500PSX2にパワーアップし、重連運転可能な統括制御機能搭載の、福知山線で十分運用可能な強力DLに進化してました。

阪和線は民間阪和電鉄が建設し、戦時買収で国有化し、戦後返還せずそのまま国鉄線にした国策路線です。 阪和電鉄から引き継いだ戦前型の社製車両が廃車を迎えました。

ブルトレ牽引機として1965年華々しくデビューしたEF65は、EF60 3次車をベースに高速性と牽引力を両立させた『高速貨物列車用電機』でした。 本来の目的運用の為に、吹田第2機関区に続々配備されてました。

長崎と長野が間違ってます。 東海道新幹線開業後でも、篠ノ井線・中央西線沿線から関西への旅行客が、名古屋-新大阪間在来線を使ったのは、乗換なしと新幹線特急券不要だったからです。 関西と北陸を結ぶ優等列車でも同じ現象がありました。

旧客1等寝台車マロネフ29はマリネ29を緩急車改造して誕生した形式でした。 夜行長距離急行に荷物車次位に連結使用予定の改造だった様ですが、冷房装置未装着がネックとなり、ほとんど運用されないまま廃車される事になりました。

東海道本線山科駅が60年前3月に改築され新装開業してます。 都市近郊で築60年で新駅舎に建替えられたと思ったら、現在もこの駅舎が使用されてました。 そろそろ建て替え論議が始まってるのではないでしょうか、次は橋上駅でしょうね。

北陸本線では電化工事に並行し複線化工事が行われてました。 東海道新幹線開業で太平洋側時間距離が大幅に短縮したのに対し、日本海側国鉄路線の近代化が遅れてたからです。 複線化が完成した区間の処女列車がDD50重連+EF70なのは、電化工事完成直後の電機慣熟運転期間中だったからの様です。 DD50が北陸に居たと知りませんでした。
1961年裏日本縦貫線最速列車として運転開始された特急『白鳥』の大阪-青森間所要時間は15時間45分でした。 1962年の北陸トンネル開通・電化・複線化が進み、1972年10月全線電化で485系電車化され、13時間40分に短縮されました。 更に湖西線開業の短縮もありましたが、利用客減で2001年廃止されてます。 鉄道利用距離でなくなったからです。
ではまた。