Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

郡山操車場の話

lofthonsen

国鉄操車場は以下記事で新鶴見操車場を紹介してます。 1965年当時の国鉄職員数は40万人、その内10%の4万人が操車場で働く職員でした。


◆ツル操の話 分解作業・・・2025.01.10更新

◆ツル操の話 組成作業・・・2025.01.13更新

【上記記事より転載】

到着貨物列車を1両づつバンプから落とし、行先別仕訳線に分別する『分解作業』と、仕訳貨車を編成し出発貨物列車に仕立てる『組成作業』が操車場の仕事です。 貨物発駅-着駅間所要時間の40%が複数の操車場で過ごす時間で、操車場到着から出発まで8-9時間を要しました。 しかもその78%約7時間が次工程待ち時間で非効率でした。

【過去記事より転載】

当時は国鉄が輸送の王者で、貨車を増産してました。 自動車交通発展と高速道路網整備に危機感を持った国鉄は、仕訳作業・ポイント切替自動化に加え、コンテナ化・機械化を大阪梅田操車場・仙台宮城野操車場で取り入れましたが、十分とは言えませんでした。

増加し続ける貨物輸送量に対応する新しい操車場が必要になり、日本初の近代的操車場を、東北本線・磐越東西線・水郡線結節点郡山に建設中でした。

郡山操車場の設計コンセプトは、『人員削減』『時間短縮』『作業安全』『作業環境改善』の4点でした。 作業効率だけでなく作業環境改善への着目は、時代を先取りしてました。 厳冬期、バンプ開放貨車に飛び乗りブレーキ操作は過酷な作業だったからです。

【郡山操車場全体図】

郡山操車場では貨車のブレーキ操作して連結する作業を完全自動化し、人員大幅削減を計画してました。 この為に幾つかの新しい技術導入が必要でした。

全体図一番上の発着線です。 郡山操車場到着列車と出発列車が停車する線です。

構内のポイント・信号機は集中梃子小屋で自動切替されます。

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建設中のコントロールセンターから構内全体を見渡せる様に設計されてます。

工事中コントロールセンターからの眺めです、右手にバンプの起伏が見えます。

地上レベルに降りるとバンプの高さが実感できます。

カーリターダはツル操にも設置されてるバンプから下る貨車の減速装置で、郡山操車場では多数使用されます。

ツル操ではバンプから下った仕訳線入口付近にカールたーダを設置して一定速度に減速し、最後は作業員が乗り込んで経験と勘で安全な連結速度で仕訳線貨車に連結しますが、この『経験と勘の作業』を自動化するのです。

その為にはバンプで突放後の貨車の速度変化を正確に知る必要があります。 仕訳線に何両貨車が停車し、何m走行すれば安全速度で連結するか、様々なデータが必要です。 軸箱の油温は季節変動し、転がり抵抗が変化するのでデータ収集してます。

平坦な仕訳線に時速何km/hで進入すれば何m走行するのか、貨車の種類・積載量により変化するのでデータを収集します。

仕訳線最後尾貨車位置(連結面)・貨車位置・速度を全て数値化し、2番目のカーリターダで、連結位置速度を時速3-5km/hで積荷・貨車が損傷せず連結する様にします。

吹きっ晒しの雪が舞うバンプ-仕訳線間で作業してた作業員は不要になり、近代的な詰所の中の作業だけになります。 さて『分解作業』は以上述べてきた方法で自動化可能ですが、『組成作業』も非常に手間の掛かる作業で、操車場停車時間を長くしてました。

ツル操発国府津行ローカル貨物列車編成例】

ツル操の下りローカル貨物列車を例に解説します。 ツル操-国府津間各駅行貨車は、1本の仕訳線に無秩序に分解留置されてます。 それを入換機が何度も往復して、上記着駅順番に編成し直すのが『組成作業』です。

【仕分線矢羽根配線】

郡山操車場では上記『矢羽根配線』を採用し、A-Fに各駅行貨車を分解留置し、空けてある中央線を使い入換機がA-Fを指定順番に連結するだけで『組成作業』が完了します。 構内線数は増えますが合理的な作業軽減方法です。


従来操車場にない機能を持った郡山操車場は1968年に開場しましたが、16年後1984年には貨車単位の駅から駅への輸送方式廃止に伴い、バンプもカーリターダも無用の長物と化し、敷地一部はJR貨物が利用してますが、福島産業交流館敷地になりました。 結果から見ると自動車交通発展への対応が遅れ、郡山操車場建設費数百億円も国鉄赤字になりました。

 

ではまた。

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