Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

半世紀前のTMS 1966年10月号➋

年初から毎水曜日にレイアウト建設工作記発表を続けてきましたが、梅雨末期から屋根裏での工作不能になり、しばらく工事・工作を中断するしかなくなりました。 苦しい時の古い鉄道雑誌頼りは拙ブログ定番で、前回に続いて同号掲載記事を紹介します。

【前号より転載】


4.高校生製作のレイアウト
最初は筆者1学年上の団塊世代の方が、高校生時代に製作したレイアウトです。 初製作レイアウトがTMSに掲載され、天にも昇る気持ちだったと推定されます。 ブログやSNSどころか、インターネットやパソコンが登場する20-30年も前だったからです。


鉄道模型歴は小学生低学年のブリキ三線式Oゲージに始まり、中学生で16番、高校受験中断を挟んで復帰、TMS購読歴3年と、筆者とほぼ同じ道を歩んでます。 高校生でレイアウト製作可能/不可能の違いは、親の経済力差だったと思います。 度々引越したと書かれてるので、高給で転勤が多い大手銀行マンか商社マンの息子さんだったのかもしれません。

鉄道名から作者は北海道在住に思えますが、高校生時代は芦屋に住んでおり、日本最古の幌内鉄道古典客車が走るレイアウトと、北海道が舞台に選ばれてます。 大学受験勉強の時期にレイアウト製作できた事から、関西私立大学付属高校に通ってたと思われます。

サイズは定尺1枚でスタートし、設置場所を物置から自室に変更した際に、長手1820mmが収まらず短縮してます。 北海道大自然の中を走る列車風景を重視し、エンドエス折り畳み立体交差やリバース線を欲張らなかった線路配置は当社と同じで好感を持てます。


本線折り畳んで長くしても、駅以外急カーブ/急勾配になり、本線の半分近くをトンネルで隠し、風景製作が窮屈でチグハグになる事を、既発表レイアウトから学び、自分のこだわりが整理されてるのです。

全景です、北海道の広々とした草原地帯風景にまとまってます。 左手トンネル山はピークからなだらかに裾野を引いて草原に至り、背景画の山と見事にマッチしてます。 風景製作重視レイアウトでないと見られない、自然な地形造形です。


レイアウト基台は大工に依頼した井桁枠に合板天板を貼ってますが、合板厚さは何と床材用の12mm、走行音反響防止目的で厚くしたそうです。 線路は基台にコルク道床を敷きフレキレールで敷設されてます、部分的に洋銀フレキレールを採用したと書かれてます。

山裾の草原は牧場になっており、海外メーカー製牛6頭が草を食んでます。 空きスペースを草原にしたのではなく、北海道らしい風景再現を目指し、意思を持って牧場を作ってるのです。 当時のこのサイズレイアウトではヤードか機関庫になってる場所です。


斜面/草原製作法はTMS掲載技法を踏襲しており、木材柱に細目金網を被せて紙粘土、表面におが屑や鉛筆削りカスを撒いて着色してます。 いつかレイアウトと考えてた筆者も、鉛筆削りカスを貯めてました。

北海道らしい風景製作には草原の牧場と共に樹木が必須であり、概算40本近い樹木が植樹され、3種類あります。 国産品杉と輸入品ポプラ、そして自作の杉です。 国産品杉は樹高10-12cmでレイアウト奥の遠方に配置してます、手間に大型樹木で遠近感強調です。


転車台はストラクチャとして作られた物で機関車転回機能はなく、緑が多い風景のアクセントとして、赤色のボギー貨車がこれもストラクチャとして配置されてます。 当社機関庫脇の保線車両や、入口に蓋をしたループ線旧トンネル跡と同じコンセプトです。

自作の杉は15-20cm樹高の大型で、幹は割り箸を削って丸くし(推定φ4mm)、小孔(推定2mm)を多数空け焦げ茶色に着色してます。 枝葉は天然素材桧の葉を濃緑色ラッカーで固め、小孔に差し込み瞬着固定しており、前掲写真の様に非常に実感的です。

『開拓使号』と命名された自作オープンデッキ木造客車が唯一の旅客用車両でCタンク蒸機が牽引します。 貨車は天賞堂製4両と自作1両を含むその他10両、レイアウト走行に適さないEB電機と湘南型3両、こだま型1両、名鉄2両、小田急4両が在籍してます。

ダミー転車台へ繋がる線路上にはBタンク蒸機が停車しており、4-5人の作業員が整備してます。 これも線路際のストラクチャで、当社中山平貨物側線と同じ考え方です。 なお国産鉄道工夫10人、金髪を黒く染めた輸入品猟人数名のフィギュアが配置されてます。

TMS記事による自作トンネルポータルが大き過ぎたのは電化区間用を参考にしたからです。 基台にコルク道床を接着しフレキレールを敷設しており、バラスト撒布なしです。 筆者も1本所有してたコルク道床は8-10mm厚、50mm弱幅の中央スリットで直線/曲線双方に使えましたが高価でした。 唯一の建物輸入品民家が北海道の風景に似合ってます。


所有車両やレイアウト建設に係る趣味支出は、少なくとも10万円を超えてます。 貨幣価値換算して子供の趣味に100万円出資できる親は現在でも少ないでしょう。 偏差値教育と受験戦争で幼い頃から競争環境に晒されてきた同世代としては、羨ましい環境です。


5.9mmゲージキハ25とキハユニ26の製作記
作品グラフに掲載されてない製作記です。

作者のI氏は草分けのNゲージャーで、欲しい車両は作るしかないと、キハ20、C50改造C11タイプ、キハ41000、自由形荷電を発表してました。 C50/オハ31系に加え103系だけが市販されてた時代です。

先行製作キハ20と3連DC列車にする為の製作だったと思いますが、DC3形式とC11は数年後にKATOが発売してます。 いずれも所有してますが休車扱い、現在のNモデル水準に比較して2ランクは劣るからです。

薄いケント紙と木材の車体製作は参考にならないので割愛します。 撮影が作者レイアウトかTMSレイアウトか不明です。 C59製作記を見た記憶がなく、C62発売以降ならその改造機ですが、まだ発売前のハズで、C50改造では無理な謎の存在です。

キハ20との大きな相違点は、駆動系と下回りに発売された103系を流用した事で、車体製作だけで新型車両2両を製作できました。 台車や床下機器もそのまま流用です。

種車とのツーショット、前写真には転車台が写ってましたが、ここには木造機関庫が写ってます、いずれも自作品です。


6.カツミ模型店広告
裏表紙見開きはカツミ広告指定席、C12キット改良新発売の広告が掲載されてます。 国内初の素材切り出しだけのバラバラキットでしたが、上級者でないと製作困難な製品でした。 コンテスト応募に間に合わなかった等の苦情を受け、部分完成に改めたのです。 

当時カツミは完成品1.5万円前後の高級蒸機モデルをシュパーブラインとして販売してましたが、高価で売れ行きが良くなかった様で、思い切って簡素化して低価格のダイヤモンドシリーズを追加してます。 各自好みでディテールアップして塗装すれば完成する未塗装半完成モデルです。 ダイヤモンドシリーズの命名は『お宝』『原石』だった様です。


えはまた。

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