Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

北海道遠征記 その4

5月19日夜、10日間の旅を終え無事帰着しました、旅行記の続きです。 5月13日は悪天候に見舞われ翌朝バクチを打つ事にしました。


★落石の聖地
14日根室地方天気予報は晴れ、でも宿主人の話では初夏は朝方霧の日が多いそうで、朝食をおにぎりに変更、精算を済ませ早朝出発にしました。

目覚ましセットは6時でしたが、5時前に目が覚めました。 着替えて5時過ぎに外へ出ると霧が掛かってます。 宿泊客は筆者と岩見沢から来た女性2人連れの2組だけでした。

すでに陽は昇ってますが、霧の向こうに霞んでます。 早く霧が晴れてくれなければ撮影は無理ですが、天候はどうにもなりません。

6時過ぎに霧が晴れました、宿は海と港を見下ろす丘の上に建ってました。 秋から冬の好天日には夕景が綺麗に見えるロケーションです。

前日下見できなかったので6時半過ぎに宿を出発し駐車スペースに数分後到着しました。 熊笹丘を7-8分歩いて振り返った風景です。

歩く事12-13分で突然写真で何度も目にした風景が目の前に広がりました。 左が海、海霧が陸に上陸する場所で消えてる感じ、奥から原野の中を近付く線路が目の前で右方にカーブしてます。 撮影画像は離れた丘から望遠だと思ってたらすぐ目の前でした。 

列車が来るまでの30分は幸せな時間でした、聖地に立った様な気分で来て見ただけで90%満足、不思議と霧の様子は気になりませんでした。

晴れて15時前後の列車ならこの辺りで車体に陽光が反射するハズです。 冬季なら海に沈む夕日を画枠に入れる事ができます。 


★根北線橋梁遺構
先が詰まってるので息を切らして車に戻り、7:50出発しました。 目的地根北峠とし、中間標津到着時に進路を決める2兎追い戦略です。

厚床まで前日ルートを引き返して北上、天候が良く見通しも利き流れ速度も速く、ナビ到着予想時間がどんどん前倒しになります。 途中思わず停車して撮影した風連湖の馴染み深い場所です。 看板の左奥に木造の崩れ落ちた廃屋が写ってます。

【同場所2011年撮影画像】
この場所初訪問は1991年、33年前の家族ドライブ旅行でした。 その20年後の夫婦ドライブ旅行で『何も変わってない』と感激したのです。 それから13年で崩れてました。


斜里岳バック撮影ポイントまでの最短ルートは、標津から内陸へ入る摩周経由ですが、根北峠経由所要時間は5分しか違いません。 標津到着時に20分余裕があれば根北峠経由の方がはるかに効率的になります。

【残雪の知床連山】
標津到着時に25分の余裕があり、この先の短縮加えてOKと判断しそのまま根北峠へ向かいました。 右手前方に知床連山が眺められ、その右に国後島も薄っすらと見えました。

鉄道P誌を題材にした下記記事更新で知った鉄道遺構です。
◆根北線遊記
根北線第2工区として橋梁が先行建設され、線路が敷設される事なく根北線が廃止された『列車渡らずの鉄道橋』です。

【同上記事より転載】
1970年に根北線廃止なのでザッと60年前の建造物です。 ストリートビューで確認できたのは、足2本と桁の1スパンだけでした。

1960年代に完成した鉄橋なら遺構が残ってると予想してましたが、60年の風雪は厳しく、国道挟んだ疎林にもう1スパン残るだけでした。


★斜里岳麓の釧網本線
若い頃は山屋だったので鉄旅でも多くの北海道の山が印象に残りました。 駒ヶ岳、羊蹄山などで、その中でも一番美しい山容なのが斜里岳と利尻岳でした。 地元の方に確認した訳ではないので解りませんが、津軽人の岩木山の様な存在ではないかと思います。

【斜里岳を望む】
見る角度により形は変化しますが、こんな形の独立峰です。

釧網本線の斜里-標茶間の運転本数は少なく、11時台の上下を逃すと5時間近く列車が来ません。 清里町付近で斜里岳バックの網走行です。 前日悪天候で散々でしたが、この日朝に落石の聖地に立つ事ができ、斜里岳も見え、十分オツリが来た感じです。

次は中斜里鉄橋付近で釧路行です。 ストリートビュー事前調査不能場所で、ままよと堤防上1車線道路へ進入、駐車スペース見つけて車のドア開けたら踏切警報音が聞こえたギリギリのタイミングでした。 後追いですが斜里岳を画角に入れる事ができました。


★浜小清水/北浜
帯広泊の夜に最新時刻表を確認し、釧網本線網走-斜里間列車本数が少ないと驚きました。 まずは駅で確認しようと浜小清水へ向かいました。

複合施設になってる浜小清水駅舎に入るとDCエンジン音が聞こえ、ホームへ出ると清里町付近で撮影した網走行列車が到着する処でした。 7-8人下車し3-4人乗車しました。

【フルトイの丘】
浜小清水で撮影を予定してたフルトイの丘展望台からの眺めです。 休日なら観光列車撮影可能でしたが、平日は4時間近く列車がありません。 撮り鉄目的なら待つしかありませんが、ここから眺めた斜里岳の重量感と存在感で1句作句して後にしました。

北浜駅は昔からオホーツク海に近い駅として知られてました。 現在は旧駅務室が喫茶室になり、木造展望台が設置されただけで、ほぼ昔のままの木造駅舎が残ってます。 観光地化されてる様で、筆者滞在30分間に、車で2組、ライダー1人の訪問者がありました。

➊展望台から網走方面の眺め、非常に良いです。
➋一方斜里方面はパッとしません、写真は左砂浜からの低アングルの方が良さそうです。
➌駅舎内は愛国駅や幸福駅の様な状態、隙間なくベタベタです。
➍窓際に一杯になった寄せ書きノートが十数冊積んであり、最新版が開かれてました、この風習がいつから始まったのか知りません。

【北浜駅時刻表】
ご覧の様に昼間の時間帯は4-5時間列車がありません。 3時間近く待って15:32発斜里方面列車待つしかなく、早朝起床の長距離ドライブと夏日になった気候で体力温存を優先し網走に向かいました。


★網走駅
網走駅前ホテルにアーリーチェックインして一休み後、旭川-新函館北斗間指定券を取るのに合わせ、網走駅へ行きました。

網走は北海道東北部の主要都市ですが、町の規模は小さく、駅舎も小じんまりしてます。 駅舎の比較なら昨年訪問した佐用駅といい勝負です。

指定券を取り記念入場券を購入して構内へ、湧網線が発着してた0番線を見に行きました。 記憶はありませんが50数年前このホームに降り立ってるハズです。 レールはありませんが砕石とホームが残ってます。

駅員の話だとこの駅名標は当時の物だと言う事でしたが、次駅表示がないのは変で、その部分を消して保存されてる様です。

2面3線駅で跨線橋を渡り2/3番線ホームへ向かいました。 エレベーターが設置されてません、JR北海道の財政状況では僻地のバリアフリーに手が回らないのでしょう。 形式は古くても幅広でガッチリした跨線橋で、返って懐かしさを感じました。

跨線橋から斜里方を眺めると、ゆったりした線路配置でした。

ホーム上屋も跨線橋と共通の古い形式で昭和の香がしました。 当時から間違いなく撤去されたのは洗面台・ゴミ箱・灰皿です。 ベンチや待合室もなくガランとしてるのは、極寒地では不要だからでしょうか。 小物配置前レイアウトストラクチャの様なホームです。

3番線の奥はかなり広く、側線は両端を残して7-8本分が取り払われ、レールや資材が積まれてました。 かつては貨物入換作業が行われ活況を呈したのでしょう。 5時過ぎに来たのは3列車発着があるからでした。

➊5:10過ぎに5:28発札幌行特急が1番線に入線しました。
➋5:18釧網本線終着列車到着、単行で降車客10人少々、その内2-3人が特急乗り継ぎで1番線へ急いでました。
➌5:23北見方面からの石北本線終着列車到着、こちらは2連で約30人の降車客でした。
➍高校生が多く???、網走の高校へ通って帰るなら解りますが、網走に帰るのは北見の高校へ通ってるのでしょう。 サラリーマン風の数人は女満別空港の到着客だと思います。


ではまた。

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