Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

田園風景-5 段々水田

田園風景続編です。 小川堤防角を曲がり、籾蔵の前を通って農道を登って行きます。

籾倉の隣は、石垣を組んだ一段高い敷地にわら小屋(農機小屋B資材置き場)が建っています。 この時期は、収穫が終った稲わらが満載されています。 田畑の肥料・家畜の飼料・冬野菜の霜よけ・農具・正月飾りなどなど、稲わらの用途は限りがありません。

小屋脇には鍵が掛かる農機具置場として、廃車された軽バンが置いてあります。

小屋の農道側に、わらを満載した付属の荷車と、冬支度に活躍中のトラクター(農機小屋A付属品)を配置しました。 青色背景を設置し、水田から撮影したカメラ限定アングルです。 配置後の軽バンを見るのは筆者も初めてです、それにしてもボロボロです。

小川から3番目の水田も長方形で、2番目より8mm高い位置にあります。 わらの運搬や細断の際、重い機械や車両が走り回った様子で、水田面がかなり荒れています。

稲株が踏みつぶされて一部歯抜けになり、ワダチ跡に水溜りがいくつもできています。 踏切脇水田と同じ技法、カットしてグロスポリマーメディウム重ね塗りで制作しました。

4番目の水田は平行四辺形で3番目より13mm高く、5番目の水田は5角形で更に8mm高い位置です、共にわらぼっちを細断し鋤き込まれる前の状態です。 2枚の水田の畔は、奥は築堤下の藪により、手前は用水路との位置関係で角度が違います。 農道は4番目水田の法面に沿って緩く弧を描き、右側は傾斜地の畑になっています。 収穫が終った仕舞い畑で、整地し稲わらを塚にした状態です。 右下に見えるのがレイアウト基台端面です。

水田脇のちょっとしたスペースに、はざ棒置場を自作しました。 はざ棒と柱は1mmプラ丸棒、トタン屋根はジオコレ箱の爪部分を裏返し、折り目を棟にして使っています。 今も昔も田畑のかたわらには、実に多くの■■小屋や▲▲置場が点在しています。

農道が向きを変える場所のアップです。 用水路が分岐して農道を横切り、反対側の水田に給水します、コンクリート渡し板4枚で、車1台分の幅員を確保していますが、夜間走行は脱輪しそうです。 用水路分岐の少し上に、右上水田の排水パイプが出ています。 急傾斜地なので水門はなく、水量調整は用水路内に土のうを置いて行われます。

迂回用水路は、高低差5mmの2枚の水田を潤した後、農道下を潜って元の用水路へ合流しています。 わら小屋と2枚の水田手前側はレイアウトの端面です。

7枚の水田と畑を一望するカメラ限定アングルです。 小川に向けた傾斜地に用水路を通して水田を拓き、堤を築いて鉄道が敷設された想定です。 タイトルの「段々水田」は造語ですが、意味がお解りいただけると思います。 小川の底から農道・畑の上まで、基台高低差50mmを使い切って、イメージに合う風景製作をしました。

お約束の夕景です。


ではまた。

諏訪大社御柱祭 神意は・・・

2月14日の抽籤祈願御祈祷最終日の様子をお伝えしたので、結果について簡単にご報告。

2月15日抽籤式は午前10時半から、8時半に諏訪大社上社に到着した時、すでに千人近い氏子が集まっていました。 前日から一変、小雪が舞い寒風が身に凍みる気候でした。 9時過ぎには「抽籤結果は如何?」と、参道を次々に氏子が詰めかけてきます。

抽籤会場に入れるのは地区代表者のみ、抽籤の様子はTV実況中継され、パブリックビュー画面が設置されています。 NHK長野を含め地元メディア各社が取材に来ています。

籤を引く8名の抽籤総代が紹介され、抽籤式が始まります。 籤は3回、最初の籤で昇殿順番が決まります、どの地区が上座に着座するか公平を期すための知恵と思われます。 2度目で籤を引く順番を決め、最後が本抽籤です。 筆者の所属地区は4番目でした。
3番籤が終了しても、各地区が希望する上社正面左右に建つ本宮一と本宮二は出ません、当地区の順番、残り籤5本中の2本と地区の期待が大きく膨らみます。
諏訪大社2016.2.15A

抽籤結果発表時の様子です。 落胆の声を上げる氏子、絶句して目が点になった氏子も多かった様です。 結果は『前宮四』、8本中一番最後に曳行される一番小さい御柱です。
(とは言っても、太さ90cm、長さ17-18m、推定重量7-8tの大木です)
諏訪大社2016.2.15B

本宮一は6番籤までに出ず、7番籤の抽籤総代が残り2本から見事に引当ました、その時の様子です。 翌日朝刊に凱旋将軍の様に担ぎ上げられた抽籤総代の姿が載っていました。


地区・部落それぞれで直会(なおらい)がありました、皆さんの感想は以下の通りです。
◎神様が決めたこと、不平不満を言ってはいけない。
◎先頭の3本は二日で山出し祭が終るが、最後の柱は三日間目一杯、一番長く楽しめる。
◎何事も最後が肝心、地区が祭りのトリを務める。
現実を受け入れ、納得し、前向きにスタートする為の儀式のようでした・・・。
曳行担当御柱が決まると日程が明確になり、参加者送迎場所・部落休憩所設営場所検討などなど、本番まで1ヶ月半、慌ただしく準備作業が動き始めます。


ではまた。


田園風景-4 小川のほとり

田園風景続編です。 石垣と擁壁の間を走る本線を先に進みます。

石垣下の灌木帯は岩がゴロゴロした河原に続き、本線は小さな川をプレートガーダー橋で渡ります。 小川の左岸は山が落ち込んだ自然地形、右岸は堤防になっています。 堤防石垣は、台形プレート5枚を繋いでカーブさせました。 小川は手前下流側から、鉄橋下で左へ向きを変え、鉄橋先はお寺の山から派生した尾根に阻まれ、大きく右へ蛇行し、風景の彼方に消えていきます。 空間の広がりを演出する生野トンネルと同じ手法です。

川面のアップです、岩は自宅敷地の砂利、河原と中洲の砂はKATOユニトラック用バラストです。 水面から頭を出すか出さないかの岩の表現を試みましたが、写真では黒いゴミにしか見えません。 小川は川底をライトブルーとダークグリーンでムラ塗りし、グロスポリマーメディウム、ジェルメディウムで水流表現した後、ブレンディッドファイバーで白く泡立つ様を表しています。 石垣から突き出ているのは灌漑用水路の排水口です。 

プレートガーダー橋の先、本線は築堤上を走り、右手はわらぼっちが並んだ水田です。 当初計画では全面わらぼっち水田を4-5枚製作予定でしたが、撮影ポイントとしてカメラ設置ができない事、及び製作の手間が膨大なので、ここともう1枚の2枚にしました。 築堤に合わせ奥の畦は弧(実際は3枚合成で六角形)を描いています。

堤防上の手前側は車1台がやっと通れる農道、紙粘土細工です。 奥側は踏み跡道がガーダー橋を潜って消えていきます。 農道右カーブの角に農家Fの精米小屋を籾倉兼農機倉庫として流用しています。 稲わらを追加、臼や廃材を置いた差し掛けを自作しました。

臼は面相筆の軸をドリルでザグってフラットアース塗装した物で、他にも使っています。

農機小屋B付属品の田植機(新型)は、旧式稲刈機と形が似ているので、今年の仕事を終り間もなく倉庫に収納されるコンバインとして、付属小物と共に配置しました。

減反政策は昭和45年に開始されました。 想定時代の地方では、にわか作りのこんな看板を良く見かけました。 竹ひご、0.8真鍮線と板紙の工作です。

籾倉に常夜灯を設置し夜景を楽しめる様にしました。 キハ52前照灯が闇を照らし、列車の灯りがわらぼっち水田を浮かび上がらせます、川面にもかすかに反射しています。

わらボッチ水田の隣もわらボッチ水田です。 8mm高い位置にあり、形は長方形です。ここはわらぼっち節約の為、一部搬出済みにしました。 搬出したトラックのワダチを書いて帳尻を合わせています、手抜きアリバイ工作的な変化球です。 農道路面にはリアルサンド各種・バラスト・コーヒー滓を、ワダチの草はカントリーグラスを使っています。

用水路は傾斜が急なので、農道と水田間の低い位置を階段状に流れます。 排水口は畦の中にパイプを通す形になっています、内径1mm真鍮パイプを使いました。 この水田の車両進入路は、用水路へコンクリート蓋をした上に自然石と土盛りで作られています。

最後の1枚は、このシリーズお決まりの夕景です。 流れが見えなくとも、そこに小川があると解る地形造形を目指しました。 落石止めの柵が鈍く光ります。


ではまた。