Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

信州花便りー2 桜と蒸機の思い出前編

工作が思う様に進まないので、花に鉄分を加えたお話で時間稼ぎさせていただきます。

先週のローカルニュースで松本城の桜は週末が見頃と報じていたので、諏訪は次の週末だと思っていました。 4/9(土)は5月中旬並みの気候、20度に達し諏訪湖畔の桜が一気に開花しました、例年より一週間から10日早い開花です。

諏訪湖には堤防があります、盆地の水がすべて集まり出口は天竜川だけなので、筆者が暮らした30年間で3回大きな水害が発生しています。 堤防上はジョギングロードになっており、毎年秋に諏訪湖マラソンが開催されています。

この日(4/11)は風が強く岸辺に白波が立っていました。 ところで皆さん、諏訪湖の水深ご存知ですか?、山に囲まれた田沢湖や十和田湖を連想しがちですが、何とたった7mしかありません。 武田信玄の時代には広大でしたが、山から運ばれた土砂で浅く小さくなり、やがて湿原になる自然の営みを、諏訪市が観光資源を守る為に浚渫しています。 遊覧船が沈んでも大丈夫、白鳥丸の頭は水の上という笑い話があるほどです。

湖畔公園にD51 824が静態展示されています、昭和24-39年上諏訪機関区所属、松本電化に伴い長野機関区へ転籍、昭和45年8月廃車とありました。 電化前の中央本線・篠ノ井線で活躍した蒸機です。 筆者があちこち出かけ始めた昭和40年代前半、時刻表片手に蒸機牽引と見当をつけ、見慣れたD51、C58だとガッカリしたものです。 お目当ては8620、9600、C57あたり、廃車直前のE10、C54を見に北海道へ出かけた事もあります。

皆さんのブログを拝見すると、現役時代の蒸機を知らない方が多く、歳を感じます。 無煙化達成時筆者は25歳、10年の時間的余裕がありました。 一回り若い方は、幼時の記憶はあっても、親が一人旅を許す頃は全廃後、無理もありません。 当時ガッカリしたD51ですが、風景再現に一番似合うのも事実です、露太本線には2両在籍しています。

蒸機の静態展示はどうにも好きになれません。 機械油で鈍く光っていた動輪やロッドは死化粧され、煤や埃にまみれながらも力感や躍動感が伝わってきた罐は静かに佇むのみ、スチームの息吹は元より、臭いや熱気は望むべくもありません、存在感がありません。 「無残」という言葉を思い浮かべてしまいます。

年寄りのくり言と思い出話にお付き合い頂き、ありがとうございました。


ではまた。

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