Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

マヌ34に思う50年前の新宿駅

KATOから発売されたEF13+旧客編成のマヌ34が話題になっています。 現役時代を知っていると言えば歳がバレますが、1967年秋、夜の新宿駅の思い出を書いてみます。


当時、登山にハマっており、新宿23:45発長野行夜行列車で良く出かけました。 午後9時頃ホームで並ぶため新宿駅へ行くと、ホーム反対側に準急木曽が入線していました。 最後尾はオロハネ10、中央東西線経由名古屋行の夜行列車です。 新幹線開業の3年後、夜行なら東海道線準急東海があり、早く出て遅く着く、木曽福島か中津川が目的地の乗客以外利用価値がない様な不思議な列車でしたが、翌年のダイヤ改正で廃止されました。
(注:1968年10月のダイヤ改正により、国鉄の準急は急行へ格上げされ消滅しました)


10時前に並んでいるホームへ165系急行アルプス松本行が入線します。 北アルプス方面へ遠征する登山客がドヤドヤ乗り込み、22:30に発車する頃には列が長く伸びています。


長野行鈍行の入線は22:50頃、EF13を先頭にマヌ34、8-9両の旧客混合編成列車です。 スハ32系の印象は薄く、オハ35系中心の編成だったと記憶しています。 シーズン週末はいつも満席、4人でボックス確保してジャンケン、勝った2人が持参新聞紙を広げシート下で体を伸ばして寝る権利を得ます。 負け組はシート上で体を丸めて眠ります。


丁度その頃、遠くからカーンッ、カンッ、カン、カン、スチーム暖房の入る音が聞こえ、立川・八王子までの酔客が駆け込む発車時間は深い眠りの中でした。 松本電化完了後の当時、甲府以遠旅客列車の電車化は遅れており、日中の新宿駅でもマヌ34を時折見かけました。(夏場は連結してなかったはずですが、記憶が定かではありません)

【写真は本文と関係ありません】


多くの皆さんがこのキットを購入し、マヌ34について記事を書いていますので、筆者の遠い昔の思い出を紹介しました。


ではまた。


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