Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記

運転よりシナリー重視コンセプトで、昭和40年代後半の風景再現を目指しレイアウトを製作中です。映像・画像を交えながら、製作記に加え、随想や旅行記も発信します。2016年9月より延伸線建設に着手しました。

半世紀前のTMS 1963年9月号前編

ポイント電気講座が完結したのでチョイと一服、今回はTMS1963年9月号の紹介です。 7月号表紙の3氏D51競作記事が掲載された8月号が何故か紛失してました。

誌上掲載作品・レイアウトが多いTMSにしては異色の表紙です。 給電したC62をガラス上で空転させ撮影した様です。 この号を読み返したら話題盛り沢山、とても1回で紹介し切れないので前後編にします、って苦しい時のTMSです(汗)

見開き天賞堂広告にトランジスタコントローラ初登場です。 マニア垂涎の新世代超高価なパワーパックでした、裕福な家庭の鉄模友人が所有しており、彼の家で天賞堂DF50を『トラコン運転』した時の感動が今でも忘れられません。 説明文中『力行・惰行・制動の実感的操作』と並んだ『スムーススタート』とはどんな機能だったのでしょう?。

7月号で紹介された国鉄C型D型テンダー機全形式を市販キットとパーツを最大限利用し、ない物は自作細密化して揃える大計画終盤の様子を伝えています。

前写真右中段C58タネ車が宮澤模型製品、筆者が所有してた唯一の16番蒸機です、13mm化の失敗が鉄道模型から離れるキッカケになった事は鉄の履歴書-23 13mmゲージに浮気 - Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記で紹介しました。 時代の空気を感じさせる広告です、関東と関西、これらの店に今でも模型売り場があるのでしょうか?。

本文記事に製作記が掲載されてます、当時は人気のあった流線形蒸機(C55)、すっかり忘れられた存在になってしまいました。

作品グラフにデビュー間もない全ステンレス車東急デハ7000が載ってます。 東急沿線育ちの筆者には懐かしい形式で、日比谷線乗入用全M7000系と派生MT7200系は長く東急各線主力を務めました、多分7200系が東急最後の3扉18m級新造車だったと思います。

【上田電鉄7200形さよなら運転】・・・2018年5月12日
昨年青ガエルこと東急5000系が熊本で最後を迎えました。 3扉18m車は需要が多く全国各地の地方鉄道に譲渡されました。 先日1998年に譲渡を受け県内上田電鉄で活躍してきた7200形のさよなら運転が行われました。 まだ数社で現役続行してる様です。

新型車紹介プロトピックスは京王帝都5000系、これも一世を風靡した形式です。 6連の特急が新宿ー京王八王子間を33-4分で結び、特快運転前の国鉄を圧倒しました。

先月廃業した篠原模型店の広告です、新製品としてダブルスリップが載ってました、4番6番の2種で真鍮レール¥1,100、洋銀レール¥1,250です。

製品紹介ページにも載ってます。 ポイント電気講座でダブルスリップを解説したばかりの筆者としては、電気設計がどうなってたか非常に気になるところです。 画面右下の『ポイント改良新製品』は、篠原がトングレール下に通電確保用の接片を付加した物で、今も昔もポイント通電不良が悩みの種と、思わずニヤリとしました。

図面入り解説がありました、トングスライダー2個で4モード切替、フログ非通電、トングを通電切替に使ってません。 TMSはジャンパー線4本非選択式用法を薦めてます。 インサルフログで使い易くし、使用者が線形に合わせ電気設計する製品です。

巻末『鉄道模型相談室』に読者から7月号掲載レイアウト図のギャップ/フィーダー不足指摘があり、これまた筆者ブログにタイムリーな話題です。 山崎喜陽氏はトレースミスとした上で、筆者と全く同じ基本と短いリバース線の応用法を回答しています。

7月号を確認するとギャップ不足でポイントがショート、フィーダー不足でリバース線非給電の図面が掲載されてました。 鉄道模型のバイブルTMS誌にして図面作成者の電気素養が???、校正者も発見できなかったとは少々意外でした。

連載中の『陸蒸気からこだままで』は国鉄貨物輸送の雄、D62とEH10の登場です。 50両を超える重量貨物を牽く武骨で黒いEH10を横浜近辺で良く見かけました。 下段モハ10は多分南部線か横浜線で遭遇経験があると思いますが記憶に残ってません。

上段キハ44000/44100はキハ07とキハ10系のショートリリーフを務めた統括制御可能な電気式ディーゼルカー。 後に液体式に換装され非貫通湘南顔が災いしキハユニ16等に改造され10系と共に働きました。 現在のハイブリッド気動車のご先祖様です。


中下段には無煙化/近代化の中で生まれたDLが登場します。 DD50重連は国鉄初の本線用DL、その後継のDF50でもまだ力不足、蒸機駆逐の旗頭になったのはDD51でした。
[続く]


ではまた。

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